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2011年2月14日 (月)

早く来い来い!

北国の春ほど、待ち遠しいものはないですね。

今年のような大雪の冬は、なおさらです。そして、この時期は各地で「春を呼ぶ伝統行事」や「お祭り」が行われています。

11日には、越前市の粟田部地区にて、継体天皇即位を祝う伝統行事「蓬莱祀(おらいし)」が賑やかに行われたようです。

私どもの勝山市でも、全国に誇る伝統行事「勝山左義長まつり」が、今月最終の土曜日(26日)、日曜日(27日)に行われます。

どの地域でも頭を悩ませているのが、「伝統文化を伝える担い手の減少」そして「担い手の育成」ということではないでしょうか。

各地の伝統行事では、ご高齢の方が一生懸命「絶やすまい、残さねば」と踏ん張っておられる中、「若手の地域への関わりが薄いこと」、「若手の参加意識も薄れ、世代交代が進まないこと」などが課題となっているようです。

これは、「お念仏の教え」においても、同様のことが言えると思います。

宗門では20数年来、基幹運動のスローガンを「念仏の声を 世界に 子や孫に」と掲げてきました。

例えば、一昔前には、どの家庭にも「お仏壇」がありました。

ですが、最近では都市化や核家族化が進み、仏間や和室のない住宅事情なども一因となり、「お仏壇離れ」が進んでいます。

お仏壇ばかりでなく、「宗教離れ」や「寺院離れ」が、さらには「葬式離れ」までもが、猛烈な勢いで進みつつあります。

私は、「むしろ、その種を蒔いているのは、僧侶が『門徒離れ』になっているからではないか」と感じています。

  ・ただのスローガンに終わっていませんか?
  ・お念仏の声が段々小さくなっていませんか?
  ・子や孫に本当に届けていますか? 届いていますか?

先ほどの「担い手」の事例と同様に、「寺檀関係」や「儀礼儀式」への依拠など、これまで当然のようにしか捉えていなかったことへの再認識が急がれます。

私とて、あぐらをかいてることは、もう十分に分かっているし、早急に取り掛からねばならないことも分かっている。でも、この重い尻はなかなか上がらない。

何かコレッて「茹でガエル現象」とよく似ているかも‥‥。

    鍋に水を入れ、そこにカエルを入れて徐々に温めていくと、カエルは居心地が良くなり、出ようともせず、最後には茹で上がって死んでしまいます。

    ところが、既に沸騰している鍋に入れられたカエルは、瞬時に飛び出し、結局は助かるというものです。

これは、環境が徐々に変化しているときには、往々にしてその変化に気付かないし、気付いたときには既に対応が手遅れになってしまうことが多く、得てして「致命傷になることへの警鐘」です。

サーッ! 気合いを入れて、仕切り直しましょう!

さて、話題が横道に逸れてしまいましたので元に戻します。住職に「勝山左義長まつり」に飾られる「行燈(あんどん)」への絵書きの依頼がありました。

この「勝山左義長まつり」では、道路上の色鮮やかな短冊や、その年の干支や吉祥形態にちなんだ「つくりもの」と共に、川柳と風刺画を組み合わせた「行燈」が櫓(やぐら)に吊され、祭りに賑わいを添えます。

住職は「何か協力を」ということで、2個の大行燈の正面に、7個の小行燈(絵行燈)の三方に、それぞれ川柳に合った絵を描いてくれました。

住職の絵は合計23枚です。(なかなかなものでしょう)

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このように庶民の気持ちを川柳や狂歌にし、行燈に託すのですが、各地区では「句を作ること」や「絵を描くこと」に頭を悩ませています。

地区によっては、「素人離れの絵」もあれば「なーんだコレ?」というのもあって味わい深いものです。

毎年、この「行燈作り」と「つくりもの」が完成すれば、もう祭りも半分終わったようなものです。

今日14日には、道路脇に白と赤の「のぼり旗」が設置されました。これでグーンと「勝山左義長まつり」が近づいてきました。

次回は、子供たちの太鼓や、お囃子の練習風景を取材してきますね。どうぞ楽しみにしてください。