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2011年4月12日 (火)

被災地布教その4

連日余震が続く仙台ですが、今日は市内のJ寺様に寄せて頂きました。

ご住職はご本山の総務をされておられ、宗祖七百五十回忌法要にご出勤のため、若院様と若坊守様がご接待してくださいました。

J寺様も、お寺の本堂と庫裏の一部がひび割れるなど、地震の被害に遭っておられます。

今回の地震で墓石も数ヶ所倒れ、石材業者が修理されていました。

法座は、お内仏間で数人の参詣者と共にお勤まりになりました。

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布教中、「地鳴りがしたか?」と思ったら、下から突き上げるような強い揺れです。それは突然の強い余震でした。

しかし、慌てふためいているのは私だけです。この余震は数回にわたり、かなり長く続きましたが、ようやく収まりました。

    いや~驚きました。
    どこまで話をしたのか、忘れてしまいました。


    今度余震が続いたら、
    私が一番最初に逃げますので、よろしくお願いします。

と切り返し、まずはこの私が平静に、そして、皆さんにも和やかな雰囲気に戻っていただきました。

後で若院さんが「先ほどの余震は、福島県が震源地で、震度6でした」と教えてくださいました。

布教終了後、茶話会です。

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茶話会では、被災されたご門徒の方々が、お互いにそれぞれの体験談をお話ししてくださいました。

特に衝撃的だった体験談は、津波に追われながら、辛くも命が助かった仏婦副会長さんのお話しでした。

    3月11日の大地震の際、
    私は夫と共に津波から逃れるため、車で逃げていました。

    道路は船からの荷物を運ぶ多くの大型トラックなどで渋滞し、
    私どもの小さな乗用車でさえ身動きが取れません。

    思案したあげく、夫はUターンし、津波に向かって走りました。

    夫は、山越えする道があることを思い出したのです。

    必死で津波から逃れ、ようやく高台に到着したときに、
    目に映った光景は、津波にのまれる多くの車でした。

    本当におそろしい悪夢を見ているようでした。

仏婦副会長さんは、涙を流しながら語ってくださいました。

被災後は、ご親戚の家に身を寄せておられるとのことで、

    最初は「命が助かってよかった」と喜びましたが、
    今は、これからの生活を考えると不安でいっぱいです。

と悲しみに沈んでおられました。

そのようなお方に、何を言っていいのか言葉がありませんでした。すいません。

この度の常例線の布教先には、デジタル伝道をされている「河久保道場の水上甚栄さん」にご法話CDやDVDを制作して頂き、それをお土産として持参いたしました。

ご法話CDやDVDは「心のケア」として、仙台別院や寺院、ご門徒の方々にお渡しいたしました。

今、私にできることはこれくらいしかありません。どうか1日も早く「心の復興」を願うばかりです。

明日は岩手県に移動します。