坊守日記 Feed

2011年2月25日 (金)

心がぐん!と育つ

何年ほど前になるでしょうか。

  私の娘が教師をしています
  このたび、娘が、本を自費出版しました
  よかったら、この本、読んでやってください

住職が布教に伺った先で、お聴聞されていた男性から声を掛けられ、「パーソナルポートフォリオ」という本を頂戴しました。

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この「パーソナルポートフォリオ」は「自分と家族、友達をもっと大好きになってほしい」と独自の教育法を実践している岩堀美雪さんの本でした。

今の子供たちに「自分のことが好き?」、「自分に自信がある?」という質問をすると「NO」とか「そんなに無い」という答えが返ってくるそうです。

  ・あなたは、こんなにすばらしい!ということを教えてあげたい
  ・人が認めてくれる以上に、自分が気付いてほしい
  ・自分で認めて、自分のことを好きでいてほしい

自己肯定ができず、「どうしてこんなにダメなんだろう」と悩む子供たちに「自信、やる気、思いやりが育ってほしい」との願いから執筆されたそうです。

それは、「自己肯定感を高める取り組み」として、子供たちに『パーソナルポートフォリオ』という「自分の中のプラス面を探し、それに関するリストをスクラップする」という取り組みです。

  ・マラソンの一等賞のカード
  ・うまく書けた習字や図画
  ・伸びた身長の記録

等々、スクラップはなんでもOKです。それをクリアファイルに綴じていく。友達同士で良いところを書き合い、それも綴じていく。

言わば、「無い無い探し」ではなく「有る有る探し」でしょうか。

人は他人と比べて「無い無い探し」ということには敏感に察知しますが、「有る有る探し」ともなると、当たり前すぎて鈍感にもなりがちです。

あえて「有る有る探し」をしてみることで、「これも素敵、あれも素晴らしいと、改めて気付くことが出来る」ということでしょう。

そして、自分を肯定できたら、相手のことも肯定できます。

ウ~ン なるほど、これは子供たちだけではなく、大人たちにこそ必要なことです。自分の良さに気付くことは、他人の良さにも気づくことができますもの。

自分で自分を信用していないのでは、相手を責めることばかりで、何も始まらず、何も変わりません。

今の政治家に聞いてほしい言葉かな‥‥‥? イエイエ、自分が聞かなければならない言葉です。

3月19日(土曜日)、勝山市勤労婦人センターにて、そんな自分に自信を持って人生を歩んでいく生徒をたくさん育ててきた「岩堀美雪さんの講演」があります。

施設の名称は「勤労婦人センター」ですが、もちろん男性も利用できますので、ぜひ、聴講させていただきましょう。scissors

2011年2月22日 (火)

顔のシミは‥‥?

昨日の10時から15時30分まで、「寺族婦人研修会」が本願寺福井別院で行われました。

今回の研修会の内容は、「法衣のシミ抜き&修繕の方法」、「法衣のクリーニング」、「法衣のたたみ方」です。

日頃、知識も、自信もなく、もはや我流で済ませていた「悩み」や「疑問」を「その道のプロにコツを教わるまたとない機会」と思い参加しました。

研修会の講師は、牧野法衣仏具店(福井市)の牧野氏で、90名近くの坊守さんが参加する盛況ぶりでした。

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最初に「法衣のお手入れ方法」と「ちょっとしたシミ抜きのコツ」を教えていただきました。

まず、食べこぼしや、汁物の跳ねなどの汚れは、絶対に飲食店のおしぼりで拭いてはいけないそうです。

これは、おしぼりに塩素が含まれているため、逆に色落ちしたり、水分によって凝固してしまったりして、本来落ちるシミも落ちなくなってしまうそうです。

そして、襟や袖の皮脂汚れなどは、使い古しの歯ブラシに水をたっぷり付けてこすり洗いをしてから、本洗いすると汚れが落ちやすいそうです。

ファンデーションなどの油性の汚れは、ベンジンをたっぷり含ませたティッシュかガーゼ(タオルは生地を傷めるのでダメ)でシミの部分をトントンと軽く叩くようにし、汚れを写し取るようにすると落ちやすいそうです。

足袋は、脱いだらすぐぬるま湯に一晩浸けておき、昔ながらの固形石鹸で部分洗いをしてから本洗いすると落ちやすいそうです。

等々、ちょっとした「コツ」と「ポイント」で見違えるほど綺麗になる方法を教えていただきました。

この「綺麗にするための必要な手間」というのは、料理の下準備と同じで、面倒がって適当に省くと、美味しさに大きく差が出ますものね。

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法衣のたたみ方は、牧野氏ご自身による実演指導です。特に袴のたたみ方は、皆さん自信がなく、「ウ~ン、なるほどー」と感心しきりに眺めておられました。

実演指導のあと、皆さんで実際に法衣をたたんでみました。見ていると簡単にたためそうなのですが、実際にやってみるとなかなかスムーズにいきません。

やっぱり『普段からの積み重ね』が大事ですね。「忘れないうちに、帰ったらたたんでみよう」と意欲満々でした。

これまで気になっていたことが、スッキリ解決でき、何より「気付き」を他の方と共有でき、とても有意義な研修となりました。

牧野法衣店さま、法衣持参での分かりやすい実演指導を有り難うございました。これで自信を持って、法衣の手入れ、修繕、保存ができそうです。

そして、「大切な法衣、自分の手に余ることは無理をしないで、早めにプロに任せましょう」とのご指導は、しっかり再認識させていただきました。

結局、アレコレして生地を傷めてしまったら大変ですものね。今回の研修でこの「再認識」が私にとって一番の教訓になりました。

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つぶやき:こんなに綺麗にシミが取れるなら、顔のシミも取れないかしら‥‥?
     でも、牧野氏の説明によると「シミ抜きは、早ければ早いほどよく
     下手にいじられてない方が、落ちる確率も高くなります」と‥‥
     このシミは年季ものだから、やっぱりダメか‥‥

2011年2月21日 (月)

左義長一色

昨日は「勝山左義長まつり」の一週間前にあたり、会場となる13地区(櫓は12地区)で一斉に短冊を吊るしました。

区民総出での作業です。道路を挟んだ家の軒先に横縄を張り、その横縄にビニール製のカラフルな短冊の付いた縦縄を結んでいくのです。

毎年この時期は、まだまだ冷たい風が吹き、屋外の作業は大変なのですが、今年は穏やかな天候に恵まれ、作業もはかどったようです。

道路上4M位の高さに吊るされた短冊は、風に揺れて「サラサラ」と音を出し、日に照らされて「キラキラ」と光るさまは、見事な「勝山の冬の風物詩」です。

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子供たちは太鼓の練習にも熱が入り、27日の午前10時から各櫓(やぐら)で行われる「子どもばやしコンクール」に向けて最後の追い込みとなっています。

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私どもの中後地区でも、本番に向けて熱のこもった子供たちの練習が、連夜に渡って行われています。

中後地区では、子供会が中心となって構成されていますが、地区の小学生は7人だけなので、櫓の無い地区の子供たち9人が応援に駆け付けてくれました。

これで何とか賑やかに本番を迎えられそうです。会場となる13地区のどの地区でも、少子高齢化の中、祭りの担い手の確保が年々困難になっているようです。

そんな各地区皆さんのご苦労が実った今年の「勝山左義長まつり」です。どうぞ見にいらしてくださいね。

2011年2月20日 (日)

親子でコラボ

本日、2月度の常例法座が勤まりました。大雪に見舞われた先月の常例法座とは打って変わり、素晴らしい好天に恵まれました。

早朝から除雪作業に追われた日々がウソのようです。きっとご参詣の皆さんも、足取り軽く、気持ちも晴れやかに、本日のご縁を迎えられたと思います。

住職は、県外へ布教巡回のため、今月の法座は、若院と坊守で務めました。

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若院は、まず「葬儀とその意義」を、そして、法然上人と親鸞聖人との出会いと別れを通し、「遇うべき人に遇い、遇うべき教えに遇うことの素晴らしさ」を3席にわたって、一生懸命お取り次ぎしてくれました。

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私は、「縁起と縁を最大限に生かし切る生き方」について、これまた必死にお取り次ぎさせていただきました。

このたびの法座も、またまた聞き上手の皆さんに助けられ、無事に終えることができました。(よかった‥‥)

2011年2月19日 (土)

いのちの願い

昨日の18日(金曜日)、市内の鹿谷町保田地区のサロンのご縁に寄せてもらいました。今回で4度目のご縁となります。

こちらの地区は、参加者のなんと「三分の一が男性」という頼もしい地域です。

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皆さんで歌っていただくと、「まるで混声合唱団(ちょっと言い過ぎ?)」のように素敵に聞こえてきます。

今回、保田地区のサロンでは、次のようなお話しをさせていただきました。

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    長生きの秘訣(実は長息の秘訣?だったりして)は、息を吐くことを忘れないことです。息を吸ってしっかりと吐く。息を吐くから吸えるのですよ。

    それをなんとか呼吸したいばっかりに、息を吐くことをせず、ひたすら吸おう、吸おうとすると、亡くなる羽目にもなりかねません。

    だから、人が亡くなったときには、「息をお吐き取りになりました」ということはなく「息をお引き取りになりました」となるのです。

    逆に、危機的な状況で蘇生できると「息を吹き返す」といいますよね。

    息を引き取って「死」、息を吹き返して「生」となり、呼吸のたびに「生」と「死」を繰り返しています。

    人が生まれる時には、まず「おぎゃあ~!」と泣きます。産道を出るや否や、力の限り泣いて息を吐き続けるのです。

    仏教的に申せば、息を吐き、このたびめでたく尊く、六道の人間界(娑婆世界)へ、「いのち」のご縁をいただくことができたのです。

    六道を輪廻をしながら、六道のどこかに息を吐いて生まれ、六道のどこかに息を引き取って終えていたその「いのち」の繰り返しが。

    そして、誕生の瞬間、当の本人は泣き、見守る周囲は慶んでくれる。

    やがて人間界の縁が尽き、死に直面した当の本人は、「おかげさまでいい人生だった、先に行って待ってるから」と、その「息」を引き取っていく。

    また、周囲の死を看取る者たちは、惜しみ泣く中にも「お疲れさまでした、私たちも後から行きますからね」と、その「息」を引き継いでいく。

    その「息」を引き取った暁には、瞬時に阿弥陀如来さまの世界、お浄土へ参らせていただき、仏さまとして永遠の「いのち」をいただくのです。

    今度は、「生」と「死」を繰り返すことのない永遠の「いのち」です。

    ですから、死を看取り、その「息」を引き継いだ愛しい人との死別でも、これが永遠の別れではなく、必ずお浄土で仏となって再会できるのです。

    お念仏のご縁は、愛しい人が息を引き取られる際に「さようなら」ではなく「お浄土でまた会いましょうね」と、受け取っていく道に導かれます。

    お浄土で会える。このことひとつを伝えていける人生でありたいものです。

    吐く息、吸う息、ひとつとして「我が力」で出来るのではなく、浄土真宗の「他力」とは「その目覚め、自覚の宗教的表現である」といえます。

    共通の起源を持つ「息(呼吸)」と「生き」です。

    どうぞ皆さん、お念仏と同様に、吐く息も、吸う息も慶ばしてもらい、「いのち」の輝く生き方(息方)をさせていただきましょう。

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昔から「袖触れ合うも多生の縁」と言います。

ですから、「どんな縁も、生かし切れる生き方」すなわち「何よりも、まず自分自身が、生まれてきて良かった」そして「自分自身が、生きてきて良かった」と言える身になることです。

つまり、「死んでなお、意味がある人生をいただいた」と生き切ること、それが「人間として生まれた生きがい」かもしれません。

保田地区の皆さん、次回のご縁、楽しみにしております。

2011年2月14日 (月)

早く来い来い!

北国の春ほど、待ち遠しいものはないですね。

今年のような大雪の冬は、なおさらです。そして、この時期は各地で「春を呼ぶ伝統行事」や「お祭り」が行われています。

11日には、越前市の粟田部地区にて、継体天皇即位を祝う伝統行事「蓬莱祀(おらいし)」が賑やかに行われたようです。

私どもの勝山市でも、全国に誇る伝統行事「勝山左義長まつり」が、今月最終の土曜日(26日)、日曜日(27日)に行われます。

どの地域でも頭を悩ませているのが、「伝統文化を伝える担い手の減少」そして「担い手の育成」ということではないでしょうか。

各地の伝統行事では、ご高齢の方が一生懸命「絶やすまい、残さねば」と踏ん張っておられる中、「若手の地域への関わりが薄いこと」、「若手の参加意識も薄れ、世代交代が進まないこと」などが課題となっているようです。

これは、「お念仏の教え」においても、同様のことが言えると思います。

宗門では20数年来、基幹運動のスローガンを「念仏の声を 世界に 子や孫に」と掲げてきました。

例えば、一昔前には、どの家庭にも「お仏壇」がありました。

ですが、最近では都市化や核家族化が進み、仏間や和室のない住宅事情なども一因となり、「お仏壇離れ」が進んでいます。

お仏壇ばかりでなく、「宗教離れ」や「寺院離れ」が、さらには「葬式離れ」までもが、猛烈な勢いで進みつつあります。

私は、「むしろ、その種を蒔いているのは、僧侶が『門徒離れ』になっているからではないか」と感じています。

  ・ただのスローガンに終わっていませんか?
  ・お念仏の声が段々小さくなっていませんか?
  ・子や孫に本当に届けていますか? 届いていますか?

先ほどの「担い手」の事例と同様に、「寺檀関係」や「儀礼儀式」への依拠など、これまで当然のようにしか捉えていなかったことへの再認識が急がれます。

私とて、あぐらをかいてることは、もう十分に分かっているし、早急に取り掛からねばならないことも分かっている。でも、この重い尻はなかなか上がらない。

何かコレッて「茹でガエル現象」とよく似ているかも‥‥。

    鍋に水を入れ、そこにカエルを入れて徐々に温めていくと、カエルは居心地が良くなり、出ようともせず、最後には茹で上がって死んでしまいます。

    ところが、既に沸騰している鍋に入れられたカエルは、瞬時に飛び出し、結局は助かるというものです。

これは、環境が徐々に変化しているときには、往々にしてその変化に気付かないし、気付いたときには既に対応が手遅れになってしまうことが多く、得てして「致命傷になることへの警鐘」です。

サーッ! 気合いを入れて、仕切り直しましょう!

さて、話題が横道に逸れてしまいましたので元に戻します。住職に「勝山左義長まつり」に飾られる「行燈(あんどん)」への絵書きの依頼がありました。

この「勝山左義長まつり」では、道路上の色鮮やかな短冊や、その年の干支や吉祥形態にちなんだ「つくりもの」と共に、川柳と風刺画を組み合わせた「行燈」が櫓(やぐら)に吊され、祭りに賑わいを添えます。

住職は「何か協力を」ということで、2個の大行燈の正面に、7個の小行燈(絵行燈)の三方に、それぞれ川柳に合った絵を描いてくれました。

住職の絵は合計23枚です。(なかなかなものでしょう)

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このように庶民の気持ちを川柳や狂歌にし、行燈に託すのですが、各地区では「句を作ること」や「絵を描くこと」に頭を悩ませています。

地区によっては、「素人離れの絵」もあれば「なーんだコレ?」というのもあって味わい深いものです。

毎年、この「行燈作り」と「つくりもの」が完成すれば、もう祭りも半分終わったようなものです。

今日14日には、道路脇に白と赤の「のぼり旗」が設置されました。これでグーンと「勝山左義長まつり」が近づいてきました。

次回は、子供たちの太鼓や、お囃子の練習風景を取材してきますね。どうぞ楽しみにしてください。

2011年2月 8日 (火)

スッキリした

気になっていたことが片付くと「スッキリ爽やかな気分!」になりますね。

先日の「この冬2度目の屋根雪下ろし」で本堂の入り口が埋もれてしまい、しばらく本堂右側の式台の玄関を利用してもらうことにしていました。

私、「この下ろした屋根雪は、晴天が続き、そのうち自然に溶けてくれるのでは」という「甘い期待」もしていたのです。

が、例年とは桁違いの雪の量です。次の降雪に備え、「少しずつでもコツコツと人力でやるしかない」と合間をみては排雪しています。

残念なことに、所有するエンジン付きの家庭用除雪機では、この下ろした固い屋根雪には歯が立たないのです。

でも、何事も積み重ねが大事で、千里の道も一歩からです。先ずは始めないと。

で、ご覧ください。本日、見事に参道が貫通しました。まだ「完全」とはいきませんが、何とか本堂の入り口まで到達できました。

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ウォーーッ! すご過ぎる。大感動です。一人で喜んでいます。ヨシッ! これでお参りの方も、楽に向拝(ごはい)から出入りできます。

思わず「いい仕事してますね~」と「by 中島誠之助」って感じで自画自賛です。

実は、もうひとつ、スッキリしたことがあるんですよ。

誰もが一度は、次のような経験をしたことがありますよね。
  ・喉元まで出かかっているのに思い出せないとき
  ・なぜ?なぜ?と思っていても、解答が得られないとき

思い出そうとして、ここまで出ているのに、「ウ~ン、アレなんだけどな~」と頭に浮かんでいるのに、言葉に出来ない。

ふと思い出した時などは、ニンマリということありますよね。私、この現象、今までもよくあったのですが、最近その頻度が高まってきたような気がします。

今回は、お隣の大野市のことで「??」なのです。 ono430

大野市では、昨年の3月に「大野城築城430年祭」を開幕し、一昨々日の5日の夜、雪の城下町を照らす「越前おおの冬物語」で約1年間にわたるその全日程を終えました。

ここで疑問なのですよ。この「430年」という中途半端な数字は、どこからきているのかしら?

モー気になって、気になって、いろいろな大野市民に聞いたり、ニュースや新聞など注意して見ていたのですが、一向にその疑問の解決に至りません。

  400年祭もあったのかな?
  10年毎の行事なのかな?
  いや、10年前ならいくら私でも覚えているはずよね
  でも、そんな記憶はないわ
  御遠忌のように50年毎なら30年という半端は出てこないはず・・・

などなど、「なんでこんな中途半端な数字なの?」といつも気になっていました。

これまで大野市民の誰一人として、私の疑問を解決してくれなかったのです。

ズーッと、ズーッと「本当のところどうなの?・・・誰か私に教えて」と心の中で静かに叫び続けていました。

するとニュースで
  市民(4)
  みんなで(3)
  輪になって(0)
という「語呂合わせで行った」と解説しているではありませんか。

一昨々日の「大野城築城430年祭」のフィナーレになってようやく解決できました。(なーんだ、そんな簡単な語呂合わせだったんですね、でも長かったー)

何だか、ビックリ、スッキリ、グッタリ・・・リフレッシュした気分です。

今日はグッスリ眠れそうです。sleepy

2011年2月 6日 (日)

HOT一息

ここ4~5日は晴れ間も続き、あの大雪がウソのようです。

県や市の除雪作業も進み、通りの見通しもずいぶんとよくなり、まるで春がきたような感さえあります。

日が差すとこんなに気分が明るくなるとは、北国なればこそでしょうね。

Book私家版として世に出たのは30年ほど前になりますが、「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」という本がベストセラーになりました。

映画化やテレビドラマ化もされましたので、ご存じの方も多いと思います。

この本は、「若き医師が死の直前まで綴った愛の手記」で、「あたりまえ」という詩で手記は締めくくられています。

その「あたりまえ」という詩が、私の頭に浮かびました。

あたりまえとしか捉えられないときは、有難さがわからない。無くしてみて、初めてわかることが多いですよね。

今回は、お日さまの有難さをしみじみ感じております。

先日、この冬2回目の屋根雪を下ろしていただきました。(下ろした雪の後始末は、まだまだ続行中ですが・・・・)

そんな中、今日は「四葉のクローバー会」の例会でした。

最初の1時間は、会が管理する「ホームページの講習会」です。

これは、なかなかはかどりません。

ホームページは、興味がなければ会員ですら見ないでしょうし、ホームページの更新ともなるとなおさらです。

この私のように、手取り、足取り教えてもらって、初めて理解できる者もいれば、ログイン方法さえ分かれば、サッサとできてしまう人もいます。

便利なものほど「使い方次第」ということなのでしょうか。私にとっては重い課題です。

要は、それに費やす時間を作れるか、作れないか、その作業に興味がわくか、わかないかです。

興味がわくまでの道筋を付け、「行動に移す根気時間熱意の持ち主がいるか」の問題です。

ウ~ン、そうなんですよね。それが問題で、なんとかモノにしたいけど、いつもくじけてしまいそうな私です。

でも、「今回の講習会は、問題が分かっただけでも、成果が出た」と言えます。

続いて待ちに待った「ティータイム!」です。この生き生きした表情をご覧ください。まるで「水を得た魚」のようです。

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今回の例会が初参加の方や、前回の例会から引き続いて参加の方も含め、皆さん楽しんでくださったようです。

しかも、ご夫婦で参加された方もおられ、そして、なーんと「今日が初産の予定日」なんだそうです。

奥さまは、身軽に、元気に参加してくださり、「もしかしたら、今晩、産気づくかも」なんて言って盛り上がりました。

今回も「おからドーナツ」と「豆乳」の差し入れがあり、特に「豆乳」は子供たちに大人気で、アッという間に無くなっちゃいました。

その他に「鹿児島産の文旦(晩白柚)」と「文旦の皮で作ったジャム」の差し入れもあり、「ジャム」は程よい甘さで、こちらもとても美味しかったです。

などなど、差し入れられた美味しいものをいただくと、会話も進みます。

閉会の時間がきても、あちこちで会話に華が咲いて、名残惜しくて、なかなかお尻が上がらなかった今日のメンバーたちでした。

今回も、美味しいものをいただき、とりとめのない話をしながら、いろいろなモヤモヤを自分なりに消化できたようです。

本当に感謝、感謝です。会員の皆さん、また来月もお会いしましょうね。happy01

2011年1月30日 (日)

恐るべし一世紀

朝起きて目についたのは、やはり、住職の愛車、トヨタのエステマ・・・。

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な、な、なーんと、「でっかいウサギ」が一匹、鎮座しているようです。「まるで因幡の白ウサギだ~」なんてのんきなことを言っている場合ではありません。

一晩で30センチは積もり、さっそく除雪です。

今日は少し晴れ間ものぞき、除雪作業の一服(休憩)がてら、「勝山年の市」を覗いてきました。

(実は、拙宅から50mほどのところで、勝山年の市が開催されています)

このあいにくの大雪にもかかわらず、まずまずの出だしです。

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幼少の頃から「ござぼうし」を作ってこられた「中森よしさん、百歳」も、お約束通り出店され、ござ帽子の手織りを実演をされていました。

中森よしさんの「一世紀を生ききった笑顔」は、人間的魅力が漂います。

ですから、来る人、来る人、中森よしさんの健在ぶりに、「今年も会えた」とか「元気をもらった」、「また来年も出店してね」などと声をかけていました。

この「手織りござ帽子」の継承者である中森よしさんのご子息は、余りにさりげなく、軽い口調で言われます。

  母は、どこも悪くなく、
  この分だと200歳まで生きるでしょう

それは、冗談とも、本気とも取れる絶妙な口調で、寒い中を行き交う人々に「贅沢な温もり」を与えてくれているように感じました。

そんな「勝山年の市の顔」、中森よしさん曰く

  毎日、感謝、感謝の日々
  大事に食べ物をいただいています

一言、一言、有難いご説法のように聞こえました。本当に来年もお会いしたい中森よしさんでした。

また、「勝山年の市」では、報恩講料理を試食できるコーナーもありました。

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報恩講料理

この油揚げは、切らずにそのまま丸ごと載せます。油揚げの下には、大根や、大きなサトイモが盛られています。

当時は、食べずにそのまま持ち帰り、家族中で味わったそうです。

珍しいのは、「畑のキャビア」とも言われる「とんぶり(ほうき草の実)」を黒ゴマ、砂糖、醤油をすり鉢ですった「あえもの」も出店されていました。

また、絶妙な火加減で茹でた大豆をミキサーにかけ、味噌で味付けした「ひき汁(呉汁、豆汁)」などの「特徴的な郷土料理」も出店されていました。

そんな今年の「勝山年の市」は、あいにくの大雪で、賑わいは例年を下回ったものの、地元、勝山の出店が増えたそうです。

やはり「300年以上続く伝統の催し」ですから、本当に有り難いことです。

そうこうしているうちに、あれよ、あれよと、朝からまた30センチほどの新雪が積もりました。

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また除雪です。おっつきません。明朝の除雪に備えて早く寝ることにします。

2011年1月29日 (土)

大雪年の市

明日の「1月の最終日曜日」は、奥越の冬の風物詩である「勝山年の市」が開催されます。

この「勝山年の市」は、江戸時代に勝山藩主を務めた小笠原家が、旧正月の準備のため農家が副業で作った品物を持ち寄って売り、帰りには正月用品を買って帰るという素人商人の“市”が始まりとされ、三百年以上も続いています。

毎年、この「勝山年の市」の模様は、ブログで取り上げてきましたが、なんといっても今年の注目は、百歳を迎えられた「中森よしさん」です。

中森よしさんの「ござ帽子の手織りの実演」は、その作品、人物ともに人気を集めます。

中森よしさんは、この寒い中、テントの中で半日以上も座って、来店者と話をしながら、藁を編んでいかれます。

百歳のご高齢にもかかわらず、その笑顔、そのお元気な姿に、「会うだけで元気が出る」と、毎年、中森よしさんのテントには、「名物おばあちゃんに一目会いたい」という方で一杯です。

新聞に「今年も出店される」と掲載されていましたので、「勝山年の市」でお目にかかれるのではないでしょうか。

実は、この私も、毎年、中森よしさんのテントを覗いては、元気をいただいている一人なのです。

もうひとつ「勝山年の市」での私の楽しみは、「報恩講料理」です。

漆塗りのお膳、お椀に盛られた「報恩講料理」は、ひとつ、ひとつ、手間暇かけた「伝承の郷土料理」です。

でも、最近はこの「伝承の郷土料理」の「お煮しめ」と呼ばれる料理が作られなくなってきたそうです。

この「お煮しめ」は、単純な材料に、単純な味付けだけですが、素材の奥深い味わいがあり、「これぞ伝統料理の醍醐味」とも言えるお料理です。

ちょっと、もったいない気もいたします。

その他、「勝山年の市」では、木工品、民芸品、特産品などの店が本町通りに揃い、早朝より賑わいます。

これらのお店は、午後三時ごろまで開いています。そして、人気の商品はすぐに売り切れてしまうほどの盛況ぶりです。

しかし、今晩から明日、明後日と「この冬一番の寒波が到来する」との予報です。

勝山市でも、当初設定していた除雪対策費が底を尽き、専決処分で追加の予算を計上されたそうです。

福井県も、勝山市も、フル回転で市内の除雪をしてくださっていますが、こう次から次へと降り続けられると、やっぱりお手上げ状態です。

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降り続く雪、雪、雪。どれくらい積もるかなあー。アーー明日の朝が怖い。