坊守日記 Feed

2011年4月26日 (火)

ハーモニカの調べ

24日、勝山城博物館にてこのたびの東日本大震災で被災され、勝山に移り住まれている被災者の方々をご招待して「東日本大震災被災者支援 ハーモニカコンサート」が開催されました。

勝山市では、受け入れている被災者の方々へ、精一杯の支援を実施されていますが、まだまだ行き届かない点も多々あることと思います。

ましてや「ソフト面」ともなると、手が回らない状態でしょう。

民間レベルで「身近に」、「気楽に」接することのできる地域の方々や、PTAの方々などが支援活動に取り組んでくださるこはとても有難いことです。

今回のように音色で癒される「演奏会」などは、なおさらでありましょう。

この「ハーモニカコンサート」は、地元でハーモニカをたしなむ方々が、「避難してきた人たちを誰もが口ずさんだことのあるメロディで励まそう」また「相互の交流を深める一助となれば」と企画されました。

開場の勝山城博物館の二階のホールでは、バックにステージにこの季節にピッタリの「満開の桜の花」が描かれた壁が設定されています。

お城の持つ独特の雰囲気とマッチして、とてもステキなコンサート空間でした。

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実は、ハーモニカなのですが、学校で使ったものしか吹いたことがなく、今日までハーモニカにも色々な種類があることを知りませんでした。(法螺は吹いていますが‥‥)

そして、ハーモニカだけで重厚な音色が楽しめ、大変貴重な体験となりました。

そんなハーモニカの優しい音色に郷愁を誘われます。童心に帰り、幼い頃の故郷の景色がよみがえりました。

コンサートでは、K氏が指導される県内の5つのグループが、懐かしい歌謡曲や童謡を演奏されると、自然と頭にメロディーが浮かんできます。

また、ハーモニカを体験する時間もあり、久しぶりに吹いてみました。

他の楽器とは違い、吹くか吸うだけで音は出るのですが、なかなかメロディーとなると大変です。

演奏者にはご高齢の方も多く、それはそれは楽しそうに演奏されていました。

生涯のうちで「これをしていると時間の経つのも忘れ、いつまででも没頭できる」というものに巡り会えることは、本当に素晴らしいことです。

かくいう「私は?」というと、どれもこれも中途半端なことばかりで、まだ巡り会えていません。

皆さんが羨ましい限りです。

コンサートは4時間という長い時間でしたが、被災者の方々は、日常からしばし離れ、ゆっくりしていただけたのではないでしょうか。

またいろいろな形で交流できるといいですね。

皆さん、素晴らしい演奏を有り難うございました。

2011年4月24日 (日)

約束の場所

2007年(平成19年)の秋に創刊された『安穏-京都からのメッセージ-』という浄土真宗本願寺派の機関紙があります。

その第8号の第1面に、詩人の高階杞一さんの「約束の場所」という詩が掲載されていました。

この「約束の場所」という詩は、忘れかけてもいた我が子の誕生の瞬間の感動を思い起こさせてくれる内容でしたので、ご紹介します。

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約束の場所  高階 杞一(たかしな きいち)

  遠くから
  小さなものが歩いてきます

  はじめ
  黒い点のようだったのが
  近づくにつれ
  大きくなって
  やがて
  顔もわかるようになり
  そうして
  長い時をへて
  やっとここに着きました

  何も言えずに 見つめていると
  その子は
  とてもきれいな笑顔で
  言いました

    ここで よかった
  と

  立ちつくす その小さな体を
  抱きしめて
  わたしも
  その子に言いました

    ずっとここで
    君を 待っていたんだよ

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今月の16日、二人目の孫が誕生しました。

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今か今かと待っていた側と、何も知らず、待たれていたとも知らず、平然と母親の腕に抱かれてスヤスヤと眠っています。

そんな赤子を見ていると、まるで仏さまの腕に抱かれていながら、知らずに日々暮らしている凡夫(わたし)のようです。

長い長い間、わたしがお浄土へ来るのを待っていてくれている沢山の方々に「お帰り」と言ってもらえるまでは、自分の与えられた場所で、精一杯生き抜かさせいていただきましょう!

2011年4月16日 (土)

桜咲く

例年より一週間ほど遅れて、ようやくココ奥越の地にも桜前線がやってきました。

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この時期、越前鉄道の勝山駅を背にし、勝山大橋を見ながら広がる風景は、見る人を絶賛させます。

今月の5日、県下一の大河、九頭竜川をまたいで吊るされた150匹の鯉のぼりが悠々と泳いでいます。

そして、その九頭竜川の堤防に沿って続く約1.5kmの桜並木では、約6百本のソメイヨシノ(弁天桜)が淡いピンク色に咲き誇っています。

その弁天桜の先には、法恩寺山、大師山、兜山など峰々が連なり、一番奥深くには雪の残る白山連峰がそびえ立っています。

  ・九頭竜川の水色
  ・弁天桜のピンク
  ・山々の緑
  ・白山連峰の白
  ・空の青

このコントラストは、弁天桜が満開の10日あまりにしか見られない美しさです。

この風景に魅せられ、繰り返し訪れる人もたくさんおられます。

勝山の若者が、彼女を連れてくるなら、断然この時期に限る。まさに求婚にもってこいの「ロマンティックスポット」です。

絶対に結婚の快諾が得られるはず。(実は、私もだったりして‥‥)

あいにく今日は曇り空のため、思ったほどの鮮やかさは望めなかった。

しかし、今晩の月夜はきれいだから、きっと明日は「素晴らしい桜日和」になるでしょう。

心和む一時を、今年も有り難う!

2011年4月 7日 (木)

逢えてよかったね

冬の期間、雪でお休みしていた保育園児たちの来寺です。先日、T保育所の園児たちが久しぶりにお参りしてくれました。

それは、「キリン組さんの卒業式」と「新キリン組さんの入学式」とでもいいましょうか、2クラスそろっての参拝となりました。

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みんな久しぶりのせいか、はにかみながらも
うれしそうにお参りしてくれました

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園児たち一人ひとりが仏様にお礼をして、水をすくって器に入れてもらい、造花の蓮の花を浮かべてもらいました。

一すくいの水では、なかなか蓮の花は浮かびません。

でも、卒園児17名の水が合わさると、蓮の花は見事に池に浮かんでいるように浮いてくれました。

 ・みんなで助け合い、力を合わせれば、いろんなことができる
 ・ガッシリとスクラム組み、いろいろなことを乗り越えてほしい

今回、そんな気持ちを込めました。

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その後、一人人形劇をしてみました。あまりに集中してみてくれるので、緊張しました。

短いお話だったので、みんな「もう終わりですか?」と聞かれる始末。
  (そんなに一人でできません!と突っこみたい心境でした)

しかたがないので、「うんこ」と「まくらのせんにん」の絵本を読むことに‥‥‥。

以前に読んだことのある絵本なのに、みんな熱心に、集中して聞いてくれます。

みんなに逢えてよかった。おとうさん、おかあさん、お友達、先生、たくさん、たくさんの人に逢えてよかった。

そして、今日もみんなに逢えてよかった。笑顔をありがとう! ありがとうをありがとう!

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子供たちに、「目には見えないけれど、いつでも、どこでも、どんな時でも、見守られ、支えられているんだよ」と「手を合わすことの意味」を伝えられることをうれしく思います。

次回からは、新キリン組さんのお参りです。楽しみにしています。confident

2011年3月28日 (月)

小さい春みっけ!

周囲の皆さん口々に「こんなにいつまでも寒く、3月に入っても雪がちらつく年はなかったよな!」と言われます。

かくいう私も「去年はこんなことなかったはず‥‥‥本当にいつまでも寒いこと」と、ぼやいています。

ふと、去年の日記を読み返してみました。と言うのも、私、な~んと5年間も続けて日記を付けているんですよ。

祖母から「お前は、何をしても続かんなぁ!」と、ほぼ「諦めの境地」で言われ続けてきた「この私」が、唯一、結婚生活以外に続いているのが「5行の日記」なのです。

そして、この「5行日記」は、もう3冊目に突入しています。

やっぱり「たった5行」という短さが、「ちゃーんとした日記を書こう」というプレッシャーから解放してくれるんだと思います。

去年の日記を見ると、同じような時期に「粉雪の舞い散る寒い日」と書いてあります。

と言うことは、去年もやっぱり寒かったようです。ホ~ント、人の記憶なんて「頼りないもの」ですね。

去年の季候でさえも、すっかり忘れ「今までにこんなに寒い春はなかった」とは、よく言えたものです。

毎度のことですが、も~情けなくなります。でも、例年になく今年は、残雪がごく最近まで残っていたんですよ。

そして、ようやく田畑の雪が消え、「待ってました」とばかりに、農家の方々が畑を起こし、種をまく姿も見られるようになりました。

そんな遅い春の到来ですが、かわいい花を咲かせた「タンポポ」や、必ず我が家の食卓に並ぶ「ツクシ」も頭を出してきました。

すごい生命力です。「オッ!いつの間にか雪が無くなったなー」と思ったら、すぐ芽吹いているんです。

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まだ小さくて食べれないな~
ツクシは、もうしばらくの辛抱です

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里では草花に春が訪れ、山頂には残雪が深く残っています。そんな勝山市街から望む山々は、ホントに素晴らしい眺めです。ハイ。

2011年3月23日 (水)

三寒四温

自坊では、20日に彼岸会を終えたところです。

皆さん、いつもと変わりなくお参りくださいました。それが何より私を「ホッコリ」とさせてくれます。

お迎えする側も、いつも通りのスケジュールで、いつも通りの進行で、法座を申させていただきました。

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今回の法座では、「東北地方太平洋沖地震」の義援金箱を設置させていただいたところ、有り難いことに何人もの方が静かに手を合わせ、募金をしてくださいました。

それは、「小さな行動」、「小さな形」かもしれませんが、ハチドリのひとしずく」の物語のように、それぞれに「私にできること」をしたとしたら「必ず大きな力に繋がる」と知ってのことです。

    この『ハチドリのひとしずく』とは、南米アンデスに伝わる民話で、物語の主人公であるハチドリが森の火事を見つけた時、自身の微力さは判っていても消火活動として水を数滴ずつ上空から落としていく物語です。

    この「ハチドリの物語」のように「今できることをやる」そのような気持ちが集まって、少しでも被害に遭われた方々の手助けができれば、そして、熱い思いが被災地の皆さまに届けば大変幸いです。

さて、「暑さ、寒さも彼岸まで」などと言いますが、この時期になると1週間の内3日くらいは「また冬が舞い戻ってきたか?」と思えるほどの寒い日が続きます。

かと思っていると、「暖かくて春爛漫の陽気のような日」が4日くらい続き、「アレッ!」と気がついたら「もうすっかり春まっただ中」だったりしますね。

2011年3月20日 (日)

いいところ見っけ!

昨日の19日、勝山市勤労婦人センターにて、午後1時半より3時半まで、「岩堀美雪さん」の講演があり、聴講してきました。

以前、このブログでもご紹介しましたが、ご講師の岩堀さんは、小学校の教師をされている方です。

そんな岩堀さんが、「子供たちの長所を伸ばすにはどうしたらいいのか?」と悩んでいた時に出会ったのが「パーソナルポートフォリオ」という手法でした。

  ・子供たちに自信を持ってほしい。
  ・恵まれたいのちを大切にしてほしい

その手法に感動し、試行錯誤で10年以上も取り組んでおられます。

岩堀さんは、勝山市のお生まれで、鯖江市へ嫁がれ、教師になって27年目になるそうです。

既出のように、岩堀さんが10年前に3千冊を自費出版された本を、住職が布教に伺った先で、お聴聞されていたお父さまから頂戴しました。

その本と共に、これまた岩堀さんが「自費制作されたCD」も、お父さまからいただいたのです。

その「自費制作のCD」は、岩堀さんご自身の作詞で、作曲は「全国に163教室展開中のパソコン講師」としても有名な「くまひげ先生」こと「鈴木幸一さん」が手掛けておられます。

そして、このCDは「ありがとう地球」というタイトルで、4曲が収録されおり、なーんと歌は「癒し系コマーシャルソングの女王」としても有名な「ミネハハ(MINEHAHA)さん」なのです。

歌手の「ミネハハさん」は、スタジオミュージシャンで、コマーシャルソングをたくさん歌っておられる「プロ中のプロの方」です。

実は、今回の講演は、岩堀さんと、くまひげ先生との「ジョイントコンサート付き」だったんですよ。

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作曲の「くまひげ先生」が会場に音響機器を持ち込んでくださり、ギターを伴奏し、岩堀さんが自ら作詞された歌を歌ってくださったのです。

ギターの音色もさることながら、岩堀さんの気取らない自然体の優しい歌声に、心が洗われるようでした。

今回の講演で、岩堀さんと、くまひげ先生のユニットは、「CD、ありがとう地球」にも収録されている3曲を披露してくださいました。

1曲目の「ありがとう」は、「二人の子に、私の子供に生まれてきてくれて有り難う」という内容の歌です。

2曲目の「母の歌」は、「ご自身も二人姉妹で、長女の岩堀さんは、幼い時から勝山の実家を継ぐように育ててもらったのですが、嫁いでしまったことや、なんの親孝行もできずにいるご両親へ、特にお母さんに送る」という内容の歌です。

3曲目の「笑顔」は、「笑顔が繋がることで、幸せが繋がっていく」という内容の歌です。

さて、岩堀さんが子供たちと「パーソナルポートフォリオ」で学んだことは、次のようになるそうです。

  ・誰にも素晴らしい、いいことが必ずあるということ。

  ・それを見つけて、ファイルに綴っていくと
   だんだん自分が好きになっていく。

  ・ファイルに綴っていくと、自信が出てくる。
   また、他の人のいいところにも目が行く。

  ・周りの人から認めてもらえる。
   その結果、自分の居場所がちゃんとできる。
   すると、心が安定してくる。安らいでくる。

この「パーソナルポートフォリオ」って、いいことばかりじゃないですか。これは、子供ばかりではなくて、大人こそ必要な気がします。

誰だって「怒られる」より「褒められたい」ものです。なのに、話すことといえば「人を責めること」が大半のような気がします。

そのくせ「自分は」というと「自信がない」、「人より劣ってる」ということばかりが気になるものです。

奇しくも先日、テレビで「極端に自己評価の低い日本人」という特集があり、その番組は次のような内容でした。

  ・日本人は、長所が言えず、
   短所から挙げていき、しかも挙げる数が少ない。

  ・外国の人は、なんの躊躇もなく6つ、7つと
   長所を挙げ、オマケ程度に短所を数個挙げる。

  ・また、「自分に自信があるか?」との問いに
   日本人は「イイエ」と答えることがが多い。

外国の人のように、「自分が好きになる」、「自分の長所を自信を持って言える」といいですね。

岩堀さんの生徒が綴ったファイルの中で、その生徒のお母さんが書かれた「この子のいいところ」に、次のような言葉があったそうです。

  ・あなたが、お母さんの子供でいてくれたことが、
   あなたのいいところです。

もし、そのお母さんにもファイルがあって、私が書き込むことが出来たとしたら、「お子さんをそんな風に愛しておられることが、何よりも素晴らしい」と届けてあげたい‥‥そんな気分になりました。

どの人も、どの方も、「一子地(いっしじ=我がひとり子)」のように慈しんでくださるのが「仏さま」でしたね。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

2011年3月13日 (日)

善意の物資集まる

今回の地震の被災状況をテレビで見るにつけ、「何か出来ることはないのだろうか?」と、居ても立っても居られない気持ちの方は、沢山おられることでしょう。

そんな折、知り合いから2件のメールが届きました。

その1件は、「中部電力や関西電力が関東電力に送電をします。つきましては、一人がほんのすこしでもいいから電力を節約してもらえると助かります」という内容のメールでした。

  節電や省エネに努めることは、当然のことですが、「関東電力」ではなく
  「東京電力」なのですから、これはチェーンメールなのかもしれません。
  しかも、既に東京電力は、変換能力一杯の電力融通を受けていますしね。

そして、もう1件は、「本日の午後、福井駅で支援物資を集めます」という内容のメールでした。

そのメールに「責任者名」や「連絡先」の記載はなかったのですが、ちょうど福井へ行く用事のあった私は、「ここぞ!」とばかりに、被災者のお役に立ちそうなものを持っていきました。

次々と寄せられる物資に「ウ~ン、福井の人も、まだまだ捨てたものではないなあ~」と、しばらく見ておりました。

でも、こんなにもたくさん寄せられる支援物資を見ているうちに、頭の中で大量の?が飛び交い、ふつふつと疑問が湧いてきました。

  ・主催者は誰なの?
  ・どこへ届けるの?
  ・どうやって運ぶの?
  ・ちゃんと被災者に届くの?

そこで、「良いことをしている人を疑うのは悪い」と思いながらも、主催者にちょっと尋ねてみました。

すると、なーんと仁愛大学の学生が中心」となって、支援物資を集めていることが分かりました。

素早い行動で、「本当に尊いこと」と頭の下がる思いです。でも、被災地までの交通手段がまだハッキリしていない様子です。

私は「大丈夫なの?」と一抹の不安はありましたが、「何か少しはお役に立てた」という嬉しさの方が先に立ち、帰ってきました。

そんな矢先、消費者センターに勤務する友人より「頭に入れておかないといけないよ!」と、次のような内容のメールが届きました。

  ・善意の行動ばかりではないこと

  ・異常事態に人の善意を悪用しようという人も出てくること

  ・受信者の善意を悪用するチェーンメールも多いので
   事実確認をしてから転送しないと大変な迷惑をかけること

そんなことを教えてもらいました。

寂しい話ですが、「オレオレ詐欺」や「なりすまし詐欺」などの「振り込め詐欺」の被害が後を絶たない現実を見ると、「義援金や支援物資などは、確実な経路を通して送らなければいけない」と思いました。

必要とされている方に届かないと、自己満足にしかなりませんものね。

今回の「仁愛大学による支援物資の受け付け」は、夕方のニュースにも取り上げられ、間違いなく「NPO法人 ふくい災害ボランティアネット」を通して、被災地へ届けられることが判明し、一安心ではあります。

悲しいことですが、善意を悪用する人もおります。どうぞ皆さんも、お気を付けください。

そして、しっかり見極め、信頼できるところへ、あなたの善意のお気持ちを預けてください。

2011年3月11日 (金)

念仏の花

昨日の10日、福井西別院にて「福井教区 仏教婦人 年次大会」が開催されました。勝山では、ここ3日続いて朝に積雪があり、昨日は除雪車が出動しました。

10センチの積雪があれば、道路を除雪することになっています。この時期に除雪車が出動するのは、本当に珍しいことです。なごり雪も、ここまでくれば「いい加減にしてほしい」といった感じです。

福井西別院の本堂は、造りが鉄筋コンクリートですので、寒い時期は床がとにかく冷えるんですよね~。

そんな中、535名もの方が参加され、毎年恒例の大会ながら、皆さんの「御法(おみのり)を大切にされるお気持ち」が伝わってきます。

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今年の大会式典では、献灯、献花、献香や、2年前に結成したコーラス「コール友の輪」の皆さまが音楽礼拝を斉唱してくださいました。

このコーラス「コール友の輪」は、いつでも気軽に参加でき、主に仏教讃歌を中心に歌を通して親睦を深め、法の輪を広めるために活動されています。

音楽礼拝では、結成から2年とは思えない素晴らしいコーラスを聞かせていただきました。

本堂内に心地よく響くその歌声は、厳かな空間を凛とした空気で包み、ひとり、ひとりの心身にじわりと沁み入り、心を洗われるようでした。

音楽礼拝に続いて「物故者会員追悼法要」が営まれ、亡き方を偲ばせていただきました。

別れの悲しみを胸に、すべてのいのちが仏さまに抱かれ「倶(とも)に一つの処(ところ)で会う」ことの確かさを味わいつつ、お念仏申させていただきました。

追悼法要では、皆さんで仏教讃歌(追悼の歌)「みほとけにいだかれて」を斉唱し、法要を閉じました。

午後の記念講演では、大畠信隆師(大阪教区)より、「無量壽、いのち」と題してのご法話をいただきました。

大畠師は、「夕焼け小焼け」の童謡から始まり、身近な実例を通して「無量壽のいのちにまで高めてくださる仏さまの教えに遇うことの素晴らしさ」をお取り次ぎされました。

大会の最後は、やっぱり皆で手をつなぎ、「夕焼け小焼け」を大合唱して終了しました。

つないだ手を通して温もりも、気持ちも伝わり、冷えた体も温かくなって別院を後にしました。

お世話くださった皆さま、本当に有り難うございました。

2011年3月 6日 (日)

二匹のねずみ

2月26日、27日の両日、春を呼ぶ「勝山左義長まつり」が、好天にも恵まれ、極めて盛況のうちに終わりました。

新聞報道によると2日間で約12万人もの観光客が訪れたそうです。

勝山では、2月に入ってからまとまった雪も降らず、年末からの大雪が嘘のように穏やかな天候が続きました。

おかしなもので、3月に入った途端、朝起きてみると5センチほどの積雪があり、見慣れた雪のはずなのに、返って新鮮に感じたほどです。

この時期に降った雪は、まず積もることもなく、昼間の太陽の日差しですぐに溶けてしまいます。

3月に降る雪は、まるで「別れを惜しむ」かのように降ります。

今ならそんな雪景色を楽しめますが、大寒の頃に「ボタボタ」と音がするように降る雪は、情緒とかを感じている暇はありません。

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3月1日、2日の朝の降雪

気持ちは「すっかり春の気分」ですが、春の陽気に大雪の記憶がおぼろになり、また「冬が来て大慌て」ということになりがちです。

忘れてはならぬ「大雪の教訓」です。今年の体験、葛藤を踏まえ、「次回への備え」としたいものですね。

私、このことって、人生とよく似ている‥‥と思うのです。

そんな今の私の心に、「譬喩経(ひゆきょう)」の「黒白二鼠(こくびゃくにそ)の喩(たと)え話」が浮かびました。

その喩え話は、次のような内容です。

 旅人が荒野を歩いていて、突然猛獣に襲われました。

 慌てて逃げ出し、ちょうどあった空井戸に駆け寄り、
 たれている一本の藤づるで、井戸の下に降りていきました。

 やがて猛獣が追いつき、井戸を覗いて吠えかかりますが
 降りることができません。

 旅人はホッと一安心し、底を見ると
 毒を持った恐ろしい龍が大きな口を開けています。

 途中で降りるのを止め、まわりの淵に足をかけようとしましたが
 そこにも毒蛇がいて、今にも襲いかかろうとしています。

 旅人は、ますます恐れおののき、今はもうこの藤づるだけが
 自分の命の綱だと必死にしがみつきます。

 ところが、今度は井戸の口のところに黒と白の
 ねずみが出てきて、代わる代わる藤づるの根をかじり始めます。

 旅人は、「これは大変」と、しきりに藤づるを揺さぶりました。

 すると、たまたま根元にあった蜂の巣から
 数滴の蜂蜜がこぼれ落ち、偶然にも旅人の口の中に入ります。

 それは、なんとも言えないおいしさでした。

 旅人は、目の前に迫りくる現実を忘れ、ただ落ちてくる蜂蜜を
 もっとたくさん口に入れようと、しきりにもがき始めました。

今の私は、この喩え話に出てくる旅人のどの段階にいるのだろうか?

しっかりと現実を見極めているだろうか?

この春の陽気に、ふと考えてしまう‥‥。 coldsweats01