坊守日記 Feed

2010年8月17日 (火)

くじけないで

今日は、92歳から詩を書き始め、98歳で処女詩集を発刊された柴田トヨさんの「くじけないで(株式会社 飛鳥新社 刊)」をご紹介します。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 Photo

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

明治生まれのトヨさんは、20歳の時に半年で離婚され、33歳で2度目の結婚をされ、一人息子にも恵まれ、贅沢ではなかったけれど、それなりの生活をおくられます。

平成4年、ご主人と死別。それ以来、趣味の日本舞踊を慰めとして来られたのですが、腰を傷め、ふさぎこんでしまわれます。

それを見るに見かねた息子さんが「詩でも書いてみたら」と勧め、「92歳から詩を書き始めた」というのですから驚きです。

だって、トヨさんの詩は、本当に素直で、純粋で、切なくて、かわいくて、それでいて力強くて‥‥‥。

ホーント、「私もまだまだいけるかな」と、変な勇気が湧いてくる詩なのです。元気づけられる詩なのです。

ウ~ン、ここまで言うと、まるで「恋人自慢」と間違えられそう。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 返事
   風が 耳元で「もうそろそろ あの世に いきましょう」なんて
   猫撫で声で 誘うのよ
   だから 私 すぐに返事をしたの
   「あと少し こっちに居るわ やり残した事があるから」
   風は 困った顔をして すーっと帰って行った

 先生に
   私を おばあちゃんと 呼ばないで
   「今日は何曜日?」
   「9+9は幾つ?」
   そんな バカな質問も しないでほしい
   「柴田さん 西条八十の詩は 好きですか?
   小泉内閣をどう思います?」
   こんな質問なら うれしいわ

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

90代でこんなに気丈でいれるトヨさん。こんなに頭の回転がいいトヨさん

トヨさんの紡ぎ出すその瑞々しい言葉の数々に感服します。

すでに私なんか、「ご門徒さんの名前は出てこない」とか「単語が出てこない」とかで、寂しい気持ちの今日この頃なのです。

でも、トヨさんだって、元気な時ばかりではありません。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 自分に
   ぽたぽたと 蛇口から落ちる涙は 止まらない
   どんなに辛く 悲しいことがあっても
   いつまで くよくよしていては だめ
   思い切り 蛇口をひねって 一気に涙を 流してしまうの
   さあ 新しいカップで コーヒーのみましょう

 さびしくなったら
   さびしくなった時 戸の隙間から 入る陽射を
   手にすくって 何度も 顔にあててみるの
   そのぬくもりは 母のぬくもり
   おかさん がんばるからね
   呟きながら 私は、立ち上がる
   自分を奮い立たせるがの如く

 くじけないで
   ねえ 不幸だなんて 溜息つかないで
   陽射しやそよ風は えこひいきしない
   夢は 平等に見られるのよ
   私 辛いことが あったけれど 生きていてよかった
   あなたもくじけずに

 秘密
   私ね 死にたいって 思ったことが 何度もあったの
   でも 詩を作り始めて 多くの人に励まされ
   今はもう 泣き言は言わない
   九十八歳でも 恋はするのよ 夢だってみるの
   雲にだって 乗りたいわ

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

なあんて、もっといろいろトヨさんの詩はあります。

どんなに気丈に振る舞ってみても、寄る年波に心細さや、寂しさがを感じないと言えば嘘になる。

それを奮い立たせ、一人住まいを続ける気力は、一体どこから湧いてくるのでしょうか。

訪問治療をしてくださる主治医の先生、毎日来てくれるヘルパーさん達。

また、いろいろな形で励ましてくださる友達や、仲間、もちろん家族、その他大勢の人たちの愛情に支えられているおかげなのでしょう。

目には見えなくとも、ご縁のある方々の温かさをしっかり感じておられるからなのでしょう。

ネッ! 人生、いつだって、これからですもの。

トヨさんの詩からは、「何を始めるにも、遅すぎることはない」と、心を慰められ、励まされるエールが届きます。

皆さん、機会があったら、柴田トヨさんの詩を、ぜひ読んでみてくださいね。

‥‥‥‥‥‥ 株式会社 トーハン(e-hon立ち読みページより ‥‥‥‥‥‥

01

02

03

04

2010年8月15日 (日)

豪雨の合間に

西宮寺の周辺では、14日の朝方から集中豪雨でした。

  • 今日の夏祭りは、中止か?
  • 今晩の花火は、できるだろうか?

あれほど日照りの日が続いていたのに、一転して今度は雨ばかりが続きます。

今年は、「はたや記念館ゆめおーれ勝山開館1周年」と「恐竜博物館開館10周年」を記念したイベントとはいえ、そううまくいかないものです。

そんな見通せない不順な天候の中でも、市の職員の方々は朝7時前からテントを張ったりと、夏祭りの準備をされていました。

その後も、雨は降っては止み、降っては止みの、あいにくの空模様です。

天気予報では、「今晩から明日にかけて局地豪雨も予想される」とのこと、夏祭りの関係者の皆さんも、気をもみっぱなしのことでしょう。

それでも、なーんと午後には雨も止み、1時半からの恐竜パレードは、賑やかにスタートしました。

258

285 287

272 242

恐竜パレードは、仁愛女子高等学校の鼓笛隊を先頭に、陸上自衛隊第10師団、市民各チームと続き、最後に動くジオラマ恐竜2体がトラックに乗って登場です。

それは、大変見どころのあるパレードでした。でも、パレードを見ている側は、気楽なものです。

勝山市のイメージキャラクターの「ちゃまごん」と「ちゃまりん」のぬいぐるみの中は、蒸し風呂状態で、さぞ大変だったことでしょう。

関係者の皆さん、参加者の皆さん、お疲れさまでした。無事にパレードも終わり、本当によかったですね。

私たちも、ホッと一息ついたのですが、実は、このパレードの後に行われる「よさこい」が大変だったのです。

しばしの休憩を挟み、3時30分からの「よさこい」が始まるやいなや、またもや土砂降りの雨が降ったり、止んだりです。

不謹慎なのですが、「きっと、よさこいの会場では、大変なことになっているだろう」と、想像しながらこのブログを書いています。

恐竜パレードは、自坊の横に面した道路を通行止めにして行われるため、「我が家が主催? 主賓?」かと思えるぐらいのロケーションなのです。

ですから、賑やかな歓声が聞こえ、玄関から外へ出てみると、目の前に恐竜がいたりするのです。

我が家では、そんな立地のお陰で、「隅から隅まで恐竜パレードを堪能できた」というわけです。

しかし、「よさこい」は会場を移して行われますので、当然そんな悠長なわけにもいかず、また、こんな空模様でしたので、私たちは観覧を諦めました。

ズブ濡れになって踊っている姿を想像しながら、「若者たちにとって、それもまた青春かも!」と楽天的に思う、し~子でした。(すいません)

後で「よさこい」の様子を聞くと、やはり踊りの本番中にも土砂降りの雨が音を立てて降り、踊りが一時中断されたそうです。

それでも、踊り手はズブ濡れになりながら、3回の演技をこなされたそうです。

そして、この夏に寒かったそうです。本当に皆さんお疲れ様でした。

納涼花火大会は、15日に延期となりました。

2010年8月13日 (金)

各地で夏祭り

この時期、毎週土曜日には、各地で夏祭りが行われています。

Img_1323

毎月お参りに来てくれるT保育園の夏祭りも行われ、さほど大きくない保育園の庭は、保護者などで園児の数の3倍にも膨れ上がります。

カメラを手に家族中が「このシャッターチャンスを逃すものか」とばかりに、夏祭りに参加(?)されます。

毎回、思うのです。法座にも「これを逃してなるものか」と、家族揃って足を運んできてくださったら、どんなに嬉しいことだろうと‥‥‥。

仕事が忙しいわけでもなく、時間がないわけでもなく、法座に行く気がないだけなのです。

他の行事に寄せてもらって、いつもぼやいている私です。

ともあれ、T保育園の夏祭りは、賑やかに行われました。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

毎月、講師として招いてくださるS施設の夏祭りも行われました。

Img_1385

S施設の夏祭りには、ご家族の方も来られ、入所者と一緒に祭りを楽しまれます。

入所者の皆さんは、ボランティアの方による太鼓演奏、民謡、盆おどり、歌など、いろいろな催しを和やかに、歓談しながら楽しんでおられました。

かき氷、ミニお好み、葛饅頭、焼きそば、うどん、ミニゲームなどの屋台もあり、とても賑やかな夏祭りでした。

施設の職員の方は、鮮やかなゆかた姿で、普段とは打って変わって、しとやかに見えました。(やっぱり、着物姿には、勝てませんよねえ~)

Img_1388 Img_1384_2

いろいろな事情から、普段は一緒に住めなくても、ココという時はちゃんと繫がっているものです。

それなのに、新聞を見るたび、100歳以上の高齢者の所在が分からないケースが増えていっています。

今日で250人を超えたそうです。

地域のボランティアによる「子供見守り隊」と並行して、「老人見守り隊」も必要となってきたのかもしれませんね。

なんだか、楽しい夏祭りが、やりきれなくもなります。ともあれ、明日14日は、勝山市の夏祭りです。

勝山市の夏祭りでは、「恐竜パレード」や「よさこい」もあり、夜には8時15分より「花火」も上がります。

私の切なくて、やりきれない気持ちも、花火のドーンという響きや光と共に、パーッと消えてくれたらいいなあ~

2010年8月 9日 (月)

道場めぐり

平成19年の春より、浄土真宗本願寺派の住職たち5人で「道場研究会」なるものを発足しています。

北陸の各地で「道場」と呼ばれる「聞法の道場」が、門信徒と各寺院とのパイプ役を担い、身近なお聴聞の場を提供してきました。

現在、それらの道場は、後継者難や過疎、少子高齢化など、さまざまな事情から存続の危機に瀕しています。

住職たちは、「現存する道場を、せめて今のうちに記録として残しておきたい」との思いから、忙しい法務の合間を縫って、こつこつと取材を重ねてきました。

私は、そんな住職たちの背中を「なかなか大変な作業、よく続くなあー」と見送っていました。

そして、今回、私の知人を介し、2ヶ所の道場からお話を聞ける機会が得られましたので、私もその取材に同行させてもらいました。

その道場は、勝山で一番奥深い北谷地区に位置し、石川県と境を接する県内屈指の豪雪地帯にあります。

この北谷地区は、一晩で1m以上もの雪が降り積もることもあり、屋根雪下ろしや雪かきのご苦労は、拙寺の周辺とは比べものにならないほど大変なところです。

そして、北谷地区の多くは高齢者世帯で、「将来、存続すら難しくなる」と心配する声が聞こえてくる典型的な過疎に悩む山村です。

そんな立地にある2か所の道場は、石川県松任市にあるH寺支坊の道場で、次のようなご縁で道場が建ったそうです。

    その昔、木根橋村では、H寺のご住職を織田信長の追手からかくまわれたそうです。

    その織田の軍勢が、今度は木根橋村にも迫りくるという知らせがあり、木根橋村のさらに奥の小原村で、H寺のご住職をかくまわれます。

    しかし、H寺のご住職は織田の軍勢に見つかり、殺害されてしまいます。

    木根橋村、小原村の両村では、自然石の墓を建て、亡きH寺のご住職を偲びます。

    そのご縁で、福井県のお隣の県、石川県松任市のH寺支坊の道場が木根橋村、小原村の両村に造られ、今日に至っています。

この木根橋道場は、拙寺よりも大きく、間口は七間半、奥行きは十一間半あり、現存する道場では県下一の大きさです。

創建は450年前とのことで、何回か修復もされ、その「お寺となんら変わらぬ造り」と「お荘厳の素晴らしさ」には圧倒されました。

Dsc00887_3
木根橋道場です(ネッ大きいでしょー)

Dsc00885
木根橋道場には梵鐘もあります

Dsc00869
木根橋道場の内部です

かつては100件ほどあった木根橋地区の集落も、今では20件ほどになってしまいました。

そんな中で道場の世話方を選出し、世話方を任命された方は、自宅から道場へ通って日々のお給仕をされます。

現在の木根橋道場の世話方は、大山口さんです。明治時代の頃から7代目の世話方になるそうです。

大山口さんより、毎朝のお勤め、月3回のお講、その他に報恩講や元旦会など、少しづつ道場の修繕をしながら、しっかり護持されていることを伺い、頭が下がる思いでした。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

木根橋地区に続いて小原地区へ移動です。

この小原地区には、現在2人の方が住んでおられます。

小原地区の区長さんは、小原から市街に住居を移されてはいますが、市街から小原に通い、畑や山林などの管理をされています。

また、区長さんは、小原に住む老人2人を見守ってもおられます。

小原地区では、月に一度、離郷された元区民の方々が道場に集まり、報告や今後の活動の打ち合わせなどをされているとのことでした。

そして、小原道場では、報恩講もしっかり勤まるそうです。

集落のほとんどの方が離郷されたとはいえ、その郷土を愛する強い思い、仏法を尊ぶ姿に頭が下がります。

Dsc00901
山中の細い道に沿った崖に建つ小原道場

Dsc00889_2
小原道場の内部です

住職たちの「道場研究会」では、各地の道場を巡っていくと、知らない新たな道場がどんどん浮かび上がってくるそうです。

そもそもこの北陸の地には、どれほどの道場があったのでしょうか?

その道場のひとつ、ひとつで「お聴聞がなされていた」と思うと、信仰の強さ、深さを思い知らされます。

また、今回の取材で、お寺の在り方を再確認することもできました。

いずれ「道場研究会」の取材は、本になるそうです。この分だと、出版はいつになるやら見通しはつきませんが、どうぞ、気長にお待ちくださいね。

2010年8月 8日 (日)

夜回り巡回

夏休みの期間中に、区で行われる行事に「夜回り」があります。この「夜回り」も、もう5~6年は続いているでしょうか。

週に一回の「夜回り」ではありますが、区の代表が集まり、拍子木を叩きながら「防火」と「防災」を呼び掛けるのです。

ここで「区の代表」とは言っても、結局「区のほぼ全戸」が何らかの「責任のある役」に付いています。

それに子供たちも加わり、総勢30人ほどが区内を練り歩きます。

これも「防災意識の啓発」と言いながら、区民の安全確認、地域の仲間意識の向上に一役かっております。

地縁の深まりも大事ですよね。

先日より書いていますが、家族であっても所在さえ知らない。また、幼い子供の虐待など、「地域で把握していれば改善できたかもしれない」と思うと、いたたまれません。

また、いつ自分や家族が迷惑をかけるか知れない。いえ、今もしっかりといろいろな面で支えられているのです。

個人主義といって、本当に大事なものが失われつつあります。

邪魔くさいと思うことは、大勢でやるに限る

夜回りは、各地で行われていると思います。今晩もどこかで拍子木の音が響いていることでしょう。

Img_1382_2

火の用心 マッチ一本 火事の元
焼き肉 焼いても 家焼くな

なんとも古めかしいフレーズで練り歩いております。何か現代的な言葉、今風な言い回しはないものかなあ~。

2010年8月 7日 (土)

キラッと生きる あきらさん

夏休みの期間は、読み聞かせも、もちろんお休みです。

このお休み期間を利用し、「読み聞かせの講習を」ということで「県立図書館の読み聞かせ講習」に行ってまいりました。

県立図書館では、ゆっくりと時間をかけ、本の選定などのアドバイスも受けました。

そして、インターネットで検索して「読み聞かせにおすすめのホームページ」なども見て回りました。

今回は、そんな機会の中で巡り会った「天才ひらがな詩人」こと「くりすあきらさんの詩」をご紹介します。

ちょうど県立図書館へ行ったので、くりすあきらさんの「ありがとうのてがみ」も借りてきました。

この「ありがとうのてがみ」は、勝山の図書館には残念ながら置いてありませんでした。

Img_1383_2

1975年生まれのくりすあきらさんは、異常分娩のため、脳性麻痺、知的障害、腎臓障害、肢体不自由など、さまざまな障害を抱えながら、そのときどきの気持ちを詩で表現しておられます。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 びょうき
   あーあー
   またびょうきになった
   にゅういんしてしもうた
   ぼくは つかれたら すぐねつがでる
   やれやれのう
   でも ぼくのせいじゃーないのです
   しょうがないせいなのです
   いきとっら しょうがないないことが
   いっぱいあるのです

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 おかさん
   おかあさんがなきました
   ふろばでなきました
   ぼくのことで なきました
   ぼくは あたまがいいので
   すぐにわかりました
   おかあさん くらいかていは やめんさい

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 まなぶくん
   まなぶくんは ごはんをみきさーして たべます
   さかなも みきさーして たべます
   ごくらくのかみさま すまんが ちょっとだけ
   まなぶくんのために はたらいてくれんかのう
   わろうてばっかりおらんこうに
   たいしたことじゃーないよー
   まなぶくん ごはんのまんま たべれるように しちゃってくれー
   さかなのまんま たべれるように しちゃってくれー
   パンも てでもって たべれるように しちゃってくれー
   ぎゅうにゅうも ひとりでのまれるように しちゃってくれー
   ぼくからの おねがいです たのんだよ

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 ぼくは しんせきのはじなんだって
   ぼくは しんせきの けっこんしきに
   いったら こまるにんげんです
   はじなんだって なんべんもいわれた
   ひどいことを いうのー
   あんたも いわれてみー
   なさけないでよー
   よんでくれんでもええが おらんことにされるのは こまる
   にんげんのいきを しとるんじゃけん むりよー
   おかあさんが せっかく うんでくれたんじゃけん
   じまんをしてくらす
   ほいじゃが おかあさんが かわいそうでかなわん

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 人げん
   にんげんって いいね
   おいしいものが たべられる
   たのしいことが いっぱいあるし
   かあさん ぼく 人げんにうまれてよかった
   ひめ あんたは ねこに うまれて つまらんじゃろう
   人げんにうまれて くればよかったのに もうおそいよ
   はよう たのめばよかったのに うまれるまえに
   あんたのおかあさんに たのめばよかったのに
   わたしを 人げんにうんでください いうて
   はやめにたのんだら よかったのに もう おそいよ
   ねこにうまれたんじゃけん もう ておくれよ
   ひめは ねこで しあわせになりんさい
   ぼくは にんげんで しあわせになるけえ

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

くりすあきらさんの書かれた詩は、まだまだたくさんあります。今回はその一部だけをご紹介しました。

なぜ、私たちは、失ってみてはじめて、失くしたものの大切さを知るのでしょうか?

なぜ、私たちは、教えてもらわなければ、人として生まれることの難しさ、すばらしさ、いとおしさを感ずることができないのでしょうか?

くりすあきらさんの詩からは、「生きていくことは、さまざまなことがあり、苦しみが数多くある。でも、それ以上に人として生まれることの尊さ、すばらしさ。人として生き抜きたいという力強い生命力」を感じるのです。

こんなすばらしい命を頂いたことに気がつくこと、「くりすあきらさんの紡ぐ言葉」は「まるで仏さまの言葉」のようです。

知識を付け、学力を付けるために学校にいって学ぶように、生きる力も学ばなければ身に付きません。

何回も、何回も、聞かせてもらわなければなりません。そして、お寺がその場所であり続けられるように努めたいと思います。

2010年8月 5日 (木)

娘よりの暑中見舞い

若者を中心に年賀状や寒中見舞い、暑中見舞いなどの「挨拶を記したハガキを出さなくなってきた」と聞きます。

出したとしても、メールで挨拶をするぐらいが関の山なのでしょう。

なのに今日ポストを開けると、なんと「便りがないのは無事な証拠」という言葉どおりの関係の娘から封書が届いています。

ここ最近、娘から私へちょくちょく携帯に電話が入り、仕事の悩みやアドバイスを求められ、なんだか楽しいひと時を過ごしておりました。

しかし、今日は携帯ではなく封書です。ドキッとして封書を開けてみると、中には可愛いい暑中お見舞いの「手づくり風鈴」が入っていました。

Img_1375

それは、今年の異常なまでの暑さに閉口していたところへ届いた「涼しい便り」でした。

娘は、何年も回り道をして「おかあさん、私、子供相手の仕事がしてみたい」と言って、今の児童館に勤めるようになった。

そのときは、「今更なん? もう結婚の時期でしょう」と言いたかったけど、「子供がやっと見つけた道を進むのもいいかなあ~」と思い、見守ることにしました。

私が「今日は園児の参拝があってモー大変、この歳でハイテンションでこんなお話や紙芝居や手遊びして‥‥」と話していると「お母さん楽しそうやね」と言ってくれる。

そうかも?‥‥‥。

2~3年前まで、子供の前では「お姉さんはね」と、みんながいぶかしそうにしているにもかまわず、断固「お姉さん」を通していました。

なんの疑いもなく、断固として「まだお姉さんで通じる」と思っていたのです。

それが、50の大台に乗ってから、いつしか「おばちゃんはね」に変わっているのに気づいた時のショック!ショック!ショック!‥‥‥。

でも、人はすぐ慣れるものですね。今では「おばちゃん」でも「おばあちゃん」でも、すんなり自分から使いこなしております。

先ずはともあれ、「娘といろんな話ができる」、「娘と共有できる話題がある」というのが、何よりの楽しみとなりました。

娘には、「もうぼちぼちステップアップした話もいいかな~」と期待もしているのですが‥‥‥。

2010年8月 3日 (火)

河原の清掃奉仕作業

先月のとある日曜日、我が中後(なかうしろ)地区恒例の「弁天堤防の清掃草刈り作業」が行われました。

勝山橋のたもとの一区間が中後地区の担当です。

夏には、堤防で花火やバーベキュー、夕涼みなど、「気持ちよく市民に利用してもらおう」と、草刈りをしております。

子供会もゴミ拾いで参加です。35件という小さな区ではありますが、区長さん始め大変熱心に区の団結と親睦に力を入れてくださっています。

やはり、まとめ役が一生懸命にやってくださると、「みんなで力をあわせて」という気持ちが起こってきます。

人を動かすには、「熱意」であり「純粋さ」だと常々思っております。

でも、私はつい下心の方で動くので、打算的になってしまうのでしょう。分かってはいるのでが punch

今社会は、「無縁社会に進んでいる」と言われています。個人主義が叫ばれてから今日、「一つ屋根の下で家族が食事をしても、にわとり社会になりつつある」そうだ。

     孤(コ) ・・・一人で食べる
     欠(ケッ)・・・食事を食べない
     個(コッ)・・・別々のものを食べる
     固(コ) ・・・気にいった一つのものばかりを食べる

つい、以前までは、「隣は何をする人ぞ」というふうに、隣近所の付き合いもしない都会のマンション暮らしを顕していたが、今や「家族はなにをする人ぞ」に変わりつつある。

7月30日に東京の足立区で111歳の都内男性最高齢者の遺体がみつかったそうです。

同じ家にいて、30年近く遺体を放置していたそうです。市の職員も、「訪問するたびに、逢えず今日まできた」というのだから、のんきと言えばのんき、職務怠慢ともいえる。

家族も年金欲しさに隠していたのか。おじいちゃんの「即身成仏する」という言葉を真に受けていたとも思えないが、ご縁の中で生かされているはずなのに、寂しいかぎりです。

また、それを受けて「杉並区の113歳の女性の最高齢者の所在が不明」というのだから、これまたビックリです。

いったいどうしたの?と言わざるを得ない。

そんな中、我が区は、「つながりを持とう」ということで、何かにつけて全戸で活動できる行事を取り入れながら、「いざ」というときの避難、防災などにつながるように努力してくださっています。

ついていくのが精一杯の私ですが、がんばります!

Img_1326
草刈りの後の記念撮影

2010年7月31日 (土)

りゅうくんとバーバ

先日、久しぶりに長男夫婦と孫が帰ってきました。

赤ん坊の成長ぶりは、刻一刻といった感じがします。私の老化ぶりもよく似たものですが。

まだ、歩きこそはしませんが、つかまり立ちのすばしっこいこと、そして、こちらの言っていることの理解度がすごいです。

食事をスプーンに載せ、口元へ持って行くと、食べるふりをして食べない。「いらないのかな?」と思いきや「パクッと食べる」といった具合に、すっかり遊ばれているバーバちゃんです。

Img_1370

お母さん手づくりのパンをおいしそうに食べています。私も「子供が小さいときの方がアレコレ作っていたなあ」と思い出されます。

なのに、今や4人の子供のうち、一番下の高2だけになってしまい、住職も食事が不規則なため、子供中心の食生活になり、すごい手抜きになってしまったことか。

これではいけない、私もパン作りに挑戦してみようかな。なーんちゃって。作っても食べてくれる人がいなくっちゃね。

それにしても子供の吸収力は、すごい!。なんでもがオモチャになり、興味の対象になる。

音がでるものや、マジックの蓋の開け閉めで、悪戦苦闘をしながら、できたときの得意顔。

Img_1366

子どもと遊んでいると、自然と笑みがこぼれますね。楽しい2日間でした。

今度は、どんなことを見せてくれるのか、次回が楽しみなバーバでした。

2010年7月26日 (月)

子供たちの分別

今日は、月一度の「園児たちのお参りの日」でした。

午前10時とはいえ、暑い中を15分をかけて歩いて来てくれました。

今日は、「おなら」という題の絵本を読んで、「いや~な、いや~な、くさ~いおならも、大事なお仕事をしてくれている無くてはならないものだ」ということを伝えることにしていました。

Img_1365

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

    お友達の中で意地悪をしたり、乱暴だったり、遊んでくれなかったりする子もいるよね。

    そんなとき、「○○ちゃんは、嫌だなあ~」と思うこともあるかもしれない。

    だけど、みんな、何か理由があってそんなことをしてしまうんだよ。

    だから、その訳を聞いてほしくって、意地悪をしてるのかもしれないよ。

    たとえば、「仲間に入れて!」って言えなくて、オモチャを取ってしまったりするのかもね。

    アンパンマンに出てくるキャラクターの中で、嫌な悪いことばかりするバイキンマンがそうだよね。

    みんな、「バイキンマンなんか嫌いだあ!」とか「いなければいいのに!」なんて思うでしょう。

    でも、本当はみんなと仲間になりたくて、逆に注目されたくて、悪いことばかりしてしまうんだよねえ。

    だから、悪い子、ダメな子なんて誰一人いないんだよ。

    大事な、大事な命。大切な、大切なお友達なんだよ。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

と締めくくる予定でした。(完璧!)

なのに、うかつにも子供たちに「どのキャラクターが好き?」と聞いてしまい、なーんと、子どもたちから最初に名前が挙がったのは「バイキンマン」でした。

エッ! バイキンマンなの?(想定外です)

大人の分別がすべて正しい訳でもなければ、子供の分別が間違いでもない。

大人の「きっとこうだろう」なんていう思いこみは、子供たちの自由な発想には、通用しないのです。

子供たちは、説明をしなくても、バイキンマンのいいところも、意地悪をしたい気持ちも、ちゃーんと分かっているんですね。

その上で、バイキンマンのことが大好きなんですね。理屈も、説明もいらない世界を、子供たちは生きているんですね。

大人は、屁理屈ばかりを並べ、自分を正当化したり、言い訳したり、ご苦労なことです。子供たちの分別に乾杯です!

Img_1356_3
子供たちのこの集中力!

本堂という空間は、特殊な力があるようです。いつも感心します。4歳児とはいえ、色々なことをしっかりと理解してくれています。