坊守日記 Feed

2010年7月25日 (日)

暁の人生講座の最終日

本日は、福井東別院にて5日間開催された「暁の人生講座」の最終日です。

真宗大谷派 福井教区第1組 教化委員会の主催によるこの「暁の人生講座」は、今回で42回目になるそうです。

ちょうど今日は、日曜日でラジオ体操がお休みです。しかも、ご講師は「いつかはご縁に遇いたい」と熱望していた「池田勇諦師」です。

ですから、今日も早朝より住職と二人で出かけてきました。

私が嫁いで来た頃、すでに池田先生のお名前はこの勝山にも広く知れ渡っていて、勝山のあちこちで「池田先生の追っかけ」のようにされて、ご法座に足を運び、お聴聞される方が何人もおられました。

未だに、勝山から池田先生のご自坊(三重県桑名市)までお聴聞に出かけられる方があるぐらいです。

県内の寺院の掲示板や、私どもへ届けられる法座案内などに「布教、池田勇諦師」と先生のお名前を拝見するのですが、これまた先の「川村妙慶師」と同様に、ライブでお聴聞したことがありませんでした。

嫁いで早30年。新妻だったその当時から「追っかけのお同行が付くほどの布教をされる池田先生とは、一体どのようなお方なのか?」と、モ~~興味津々です。

移動中の車中でも、本堂で講演を待つ間も、「先生のお歳は?」とか「きっと先生は、よほどの男前なのでは?」などと、無用な雑念ばかりが私の頭の中を駆け巡ります。

そして、ようやく今日、実際に先生のご法話をお聴聞して「年齢は77歳、中肉中背、まずまずのお顔立ち」と判明しました。

先生は、「きっとお若い時は、ハンサムだったんだな~」と思わせるような風貌で安心(?)しました。(年齢を重ねれば、そんなに変わらなくなるものです)

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横顔で分かりづらくて申し訳ありません

さて、やっと本題です。先生のご講題は「真宗仏事の回復」です。(ウ~ン、もう講題からして難しそう)

先生は、「仏事とは仏法事業のこと」そして「人生そのものが仏事であったんだという気づき」また「私の人生そのものが仏になる歩み」すなわち「仏事」だと言われました。

要約すれば、次のようなことだったと思います。

親鸞聖人は、1.死んだらどうなるかを言わず

      2.死にざまのよしあしを言わず

      3.死にぎわの来迎を言わず

      4.ただひとつ、自分にとって死とは、
        何かを見開くことが大事だと言われている

続けて先生は、次のようにお話しくださいました。

    仏法は、「間に合うものは、何ひとつ無いんだ」ということを知らされることだ。

    分別や観念にとらわれ、振り回される。「コレだけした」とか「アレがある」、「コレがある」といったことは、仏事(私が仏になる)には、何の役にも立たないものだ。

    恩徳讃に、「身を粉にしても報ずべし、ほねをくだきても謝すべし」とあるが、それほどにしても謝すことができないほどの恩徳を、この私は仏さまから受けている。

    私に働いてくださっている恩徳で生きているんだ。

    生きる意欲を賜ったんだ。だから精一杯、生きることが大切である。

    表現不足で申し訳ありません。私のレベルでは、この程度しかお伝えできません。(言い回しが難しい~)

    池田先生は、昨年も福井東別院の「暁の人生講座」にご出講されましたので、来年もきっと来福されると思われます。

    ですから、「この続き」と申しましょうか、私の説明不足な点は、来年の「暁の人生講座」で補ってくださいね。

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    主催者の発表によりますと、この「暁の人生講座」の最終日には、前日から福井東別院に宿泊された方が50人おられ、300人以上の参詣だったとのことです。

    そして、明日の26日~30日までの5日間、福井西別院においても暁天講座が開催されます。

    残念ですが、私どもは「夏休みラジオ体操とお勤め」と重なり、福井西別院でのご縁に遇えません。どうぞ、お時間の都合のつく方は、ぜひ、お参りくださいませ。

    2010年7月23日 (金)

    ラジオ体操とお勤めの初日

    連日猛暑が続く中、今年も本町4区合同の「夏休みラジオ体操とお勤め」が始まりました。

    年々、少子化で各区の子供会での行事が制限される中、以前より「本町4区合同で何かできないだろうか?」という声がありました。

    そして、「少人数でのラジオ体操は寂しいなあ~」、「それなら合同でやりませんか」ということになりました。

      ・身体の健康にも、心の健康にもつながる
      ・家族内のふれあいもにも、地域の交流にもつながる

    今ではこのように「一石☆鳥」といった感じで行われています。

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    ラジオ体操の時、中学生や大人たちは、遠慮してなかなか境内までは入ってくださいません。

    ましてや、ラジオ体操が終わると、境内の外におられた方たちは、本堂に入らずに帰ってしまわれ、とても残念です。

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    ですが、この試みは今年で7年目。「夏休みラジオ体操とお勤め」が、もう皆さんに浸透し、定着もしてきたようです。

    そして、4区のそれぞれの区長さんも参加してくださり、それなりに理解もいただけているのが嬉しいです。

    普段お寺へお参りをされない方は、「本堂というところは、実に敷居の高いところ」とか「通夜や葬儀、法事でしか用のないところ」と思われているようです。

    今から千八百年程前のインド仏教の僧で、「知の巨人」とも崇められる「龍樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)」という方は、「お寺の役目は病人を治すこと、病気になったらお寺に行くべし」とおっしゃったのですよ。

    落語は説教から生まれ、能や唄いは声明(お経)から派生し、寺子屋では学問を、孤児院や病院もお寺からの発信であったのです。

    従来、寺院とは「民衆のコミュニティー会場」として存在し、「庶民の集う施設」なのです。

    いつの頃からか「手遅れにならないうちに行く所が病院」で「手遅れになったらお寺へ」というような形になってしまったのでしょうね。

    それこそ「手遅れにならないうちに方向転換をしなければいけない」と かよわい心を痛めております

    さて、ラジオ体操の後は、皆さんに本堂へ上がっててもらい、次のような順でお朝事を勤め、7時には終了となります。

      1.朝のうたを斉唱
      2.らいはいのうたをお勤め
      3.住職の一言法話
      4.恩徳讃を斉唱

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    嬉しいことに、皆さんの靴がきれいに揃えて脱いでありました。

    今朝の住職の法話は、お釈迦さまに教えられた「塵を払い、垢を除く」という短い言葉を繰り返し、さとりを得た「周利槃特(しゆりはんどく)」を軸に、古典落語の「茗荷(ミョウガ)屋」という話から始まりました。

    ミョウガを食べると物忘れがひどくなる。悪い宿屋の亭主が「この客は大金を持っている」とみて、何とか持ち金のことを忘れさせようと、しきりにミョウガを食べさせたら、客は宿賃の払いを忘れて出立してしまったというオチもつきました。

    そして、「偉くなろう」とか「勝たなければ」という気持ちばかりでなく、肩の力を抜き、自然体で考えることも大事。こうして地域の方々、家族の方々と一緒に手を合わせてお参りできることの尊さを慶ばせていただきましょうと、今朝の法話を結びました。

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    皆さん、住職の法話を熱心に聞いてくださいました。

    この「夏休みラジオ体操とお勤め」の期間中は、子供や親もご苦労さまですが、お迎えする側もしっかり精進しなければなりません。

    アレッ? 確か自然体‥‥でしたよね?
    やっぱり初日ですもの、慣れるまで力も入りますわよー coldsweats01

    2010年7月22日 (木)

    暁の人生講座

    先のご案内の通り、福井東別院では、21日より5日間に渡り「暁の人生講座(暁天講座)」が行われています。

    今日22日のご講師は、Yahoo!(ヤフー)の人名検索で1位になるほど「カリスマ僧侶」として有名で、各メディアでも紹介される「K.M女史」です。

    この「アナウンサーで僧侶のK師」の「親鸞聖人の教えを全国を回って語る講演」は大好評で、1年間に100件を超えるそうです。

    そして、その講演でのお話もさることながら、K師の開設されるホームページの人気も非常に高く、月に6万件ものアクセスがあるそうです。

    そんなK師のホームページでは、「ロココスタイルへようこそ」と閲覧者を出迎えられ、毎日約200通も寄せられる「お悩みメール」の一つひとつに向き合い、悩める人々を救っています。

    この「ロココスタイル」とは、「心」を逆読みしたもので、次のようなK師の「閲覧者へのお勧め」から名付けられたそうです。

      人の心は環境によって常に左右されます
      そんなときのココロをちょっと逆さまにしてみると
      そうすると今までとは違う世界がきっと見えてきます
      私はそんな「ロココ」なスタイルをお勧めします

    私も住職も、そんなK師をホームページや著書で存じているだけでしたので、「生でお聴聞できるこの機会にぜひ」と、早朝より二人で出かけてきました。

    会場の福井東別院へは、講座の開始10分前に到着したのですが、すでに朝のお勤めは終わりにさしかかっていました。

    パンフレットには6時~7時となっておりましたので、もったいないことに「講座のみのご案内」ということになりますね。

    私は、福井東別院には初めての参詣です。わずかな時間でしたが、建物の構造とか、お勤めの節とか、作法とか、お西とお東の違いがよく分かりました。

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    早朝よりK師の講座を待つ皆さん

    早朝の講座にもかかわらず、福井東別院へは200人以上の参詣があり、何人か顔見知りの僧侶もお聴聞されていました。

    ご講師のK師は、さすがアナウンサーです。言葉が的確で、分かりやすく、どなたの耳にも優しいお話をされます。

    それは、難しい仏教用語などは使わずに、次のような身近な表現で、女性ならではの「素敵なメッセージ」として届いてくるように思えました。

      漢字の「聞」は、「耳」へんに「門」と書きます
      人は、門を閉じたり、開いたりして
      自分の都合のいいように聞いてしまう
      それは「我」があるから
      その「我」を崩してくださるのが「お念仏」です

    このお喩えは、金子大栄氏が「念仏は自我崩壊の音であり、自己誕生の産声である」と言われた言葉と結びつきました。(コレ、住職の受け売りです)

    そして、K師は次のように続けられ、お取り次ぎの最後に講題の「私が私であってよかったと思える人生」の言葉で締めくくられました。

      50代で亡くなった父の死が、兄と自分に大きくのしかかる

      アナウンサーになりたいという夢が捨てられず、お寺から逃げよう
      逃げようとしながらも、仏法に引き戻されるように自坊に帰ってきた

      周囲ばかりを責め、なんで私は認めてもらえないんだろうと悲観した

      仏法に遇うにつれ、私は、私以上でもなければ、私以下でもない
      私は、私のままでいいんだと思えてきた

      そのまんまの私を、仏さまが認めてくださっていると気づかされた

      あなたは、あなたで丁度いい
      顔も、体も、名前も、あなたにそれは丁度いい

      親も、子も、嫁も、丁度いい
      幸も、不幸も、喜びも、悲しみさえも丁度いい

      死ぬ時さえも丁度いい

    講座が終わり、「著書を購入された方には、K氏がサインをしてくださいます」とのアナウンスがありました。

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    著書を購入された方にサインをされるK氏

    ミーハーな私は、「K氏にサインをしてもらおう」と本を買ったのですが、恥ずかしいことに違う著者の本を買ってしまい、当然サインしてもらえませんでした。

    ウ~ン、いつもながら、あわてんぼうのシィ~子たんです。

    今回の「K氏のお取り次ぎ」をお聴聞できて、早朝からすがすがしい気分にさせてもらい、お陰さまで今日の暑さも難無く乗り切れました。

    2010年7月18日 (日)

    ゆめおーれ開館1周年

    本日18日、「はたや記念館ゆめおーれ勝山」が、開館1周年を迎えました。

    この「はたや記念館ゆめおーれ勝山」は、「勝山の織物製造業の歴史を未来に引き継ぐ施設」として、また、「まちなか散策の起点の施設」や「市民と観光客が交流を深める施設」として、昨年オープンしました。

    計画の当初から賛否両論、いろいろな意見もあり、厳しい船出だったのですが、予想を大きく上回る約16万人もの方が、この一年間に来館されました。

    17日(土)~19日(月)には、「1周年記念祭」が開催され、多彩な催し物が用意されています。

    17日には、大道芸人ショー、マジックショー、ドラゴンファミリーによるミュージカル「この川のほとりで」などが。

    18日には、屋外ステージで、終日バンド演奏がありました。

    あす19日は、クラシックカーの展示、沖縄南風&レゲエライブ、草木染め体験、コースター手織り体験、物産店など、楽しめるコーナーがたくさんあります。

    大勢の方に、勝山の良さを見ていただく絶好の機会です。

    そして、「福井県立恐竜博物館」が10周年を迎えました。こちらでも福井県を挙げてのイヴェントが開催されています。

    機会があれば、またこのブログに掲載するとして、今日はごく一部ですが「勝山を元気にしたい一市民」としてご紹介させていただきました。

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    みなさーん、おいしいケーキやプリンもありますよ~ cake

    2010年7月17日 (土)

    明るい家庭づくり

    本日の午後1時半~3時まで、永平寺町婦人福祉協議会主催による「出かける婦人福祉研修会」の講演に寄せていただきました。

    こちらへは、2度目のご縁です。

    研修会へは、永平寺町の各地域で、福祉ボランティアをされている80名ほどの方が、「梅雨明け?」とも思える蒸し暑い中、参加されていました。

    「明るい家庭」とは、「笑いがある家庭」、「家族が笑顔でいれる家庭」だと思います。

    それは、何ひとつ悩みや問題や辛いことがないというのでなく、辛いことや苦しいことを乗り越え、また認めることによって得られることなのでしょう。

    病気であっても、貧しくても、老いてなお強く、明るく、たくましく生き抜いておられる方々の実例を交えながらお話させていただきました。

    • 家庭に自分の居場所がある
    • 私がそのまんま認めてもらえる

    そんな家庭が、笑顔で明るい家庭なのでしょう。

     オ=おかげ様
     ア=ありがとう
     シ=失礼します
     ス=すいません

    と先ずは、自分から言えるようになりたいですね。

    人と人の関係をスムーズにするのは、やっぱり笑顔では、ないでしょうか。

    べっぴんさんのあなた!「べっぴんも 笑顔忘れりゃ 五割引き」ですよ。

    2010年7月16日 (金)

    新盆 終わる

    全国的に「関東は新盆にお墓参りを」、「関西は旧盆にお墓参りを」などといわれ、お盆にお墓参りをする習慣が地域によって分かれています。

    西宮寺のある勝山市でも、旧町内のみ新盆にお墓参りをされます。

    旧町内の方々は、お墓に灯篭をお飾りして、7月14日と15日の夜にろうそくを燈してのお参りされます。

    どうして「お墓参りをする習慣が地域によって分かれているのか」定かではありません。

    しかし、勝山市の郡部では、旧盆にお墓参りされ、「エッ!そんなことするの?」と、その存在さえ知らない方もたくさんおられます。

    逆に旧町内の方々は、「みんながそうしているもの」と思っておられます。

    テレビで、芸能人が出身地、日本各地のその土地だけで行われている行事や習慣を紹介する「秘密のケンミン SHOW 」という番組が放映されています。

    番組では、「その土地では一般的な食べもの」ですが、「全国的には絶対無理」と思える「調理法や食材、隠し味」なども紹介されます。

    出演者が、その料理を恐る恐る試食してみると、たいがい「信じられないぐらいおいしい!」と評価します。

    食べ物も「所変われば品変わる」で、作り方、食材、食べ方まで様々で、いろいろ変わるものです。

    土地が違えば、風俗、習慣もそれぞれ異なります。やっぱり「先入観」や「思い込み」で決めつけず、味わうことが大事ですよね。

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    さて、なぜか、新盆のこの両日のうち一日は、必ずと言っていいほど雨風で荒れるのです。

    今年はというと、全国的に大荒れで、大変な被害が出ています。

    そんな天候の中、皆さん小降りをめがけてお墓の掃除や、お参りをされました。

    14日の夜は、「お墓参りだけではなく、本堂でご法儀にも遇っていただきたい」と「墓参会法要」を7時半から始めます。

    ですが、なかなか本堂でお勤めに遇ってくださる方は、少ないのが現状です。

    う~ん、寂しい!それでも仏様は、忘れずにいてくださっています。

    「拝まない時も 拝まれている」

    それにしても、16日の午後からの蒸し暑さはなんなんだーー、文句タラリ sad

    2010年7月15日 (木)

    第2回「布教大会」終わる

    7月9日、福井別院にて今年度第2回目の「福井教区布教団主催による布教大会」が開催されました。

    ここ2~3年前から、福井教区布教団より届けられる資料には、「寺族婦人もお聴聞を」との一文が添えられています。

    そんなこともあって、さらに今回は、敦賀のM寺さまのT女史が「布教師になられて初のご法話をされる」ということも重なり、「それなら何が何でもお聴聞を」と出掛けてまいりました。

    (エッ? 「何が何でもが多すぎる」って? まあいいじゃないですか)

    とはいっても、M寺さまのT女史は大先輩で、私たち夫婦が吉崎に住んでいた頃から親しくお付き合いをさせてもらっている方です。

    それは、T女史とご主人(存命だったご住職)とが、仲良く陶芸をされていた頃のことですので、もうかれこれ20数年前になります。

    そんな敦賀のM寺さまへは、子連れで泊めてもらったこともあったのですが、最近はご無沙汰ばかりで、電話でお話する程度になっていました。

    T女史は、40代でご主人(ご住職)を亡くされ、落ち込んでいる暇もなく、教師資格を取得され住職となり、そして、なんと布教使の資格までも修得され、モー「凄い」としか表現できない方です。

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    お寺の切り盛り、子育てと住職の両立、それは大変なご苦労があったと思います。

    今回の布教大会では、午前中に2名の布教使が、午後からも2名の布教使が、30分~40分のご法話を1席されます。

    そして、T女史は「初法話」で、しかも「トップバッター」です。「さぞかし緊張されるだろう」と心配しておりました。

    しかし、緊張されていたのは最初の少しだけで、その後はユックリ落ち着いてお話になり、私などはすっかり「T女史ワールド」に引き込まれていました。

    T女史は、「寺の住職としての務め」と「一家の長としての務め」との狭間に揺れながら、子育てしてきた実体験をお話しされました。

    ご主人(ご住職)がご往生された当時、まだ小学生だった娘さんとの2人暮らしでの大変なご苦労、そして、学校でのいじめとも思える事件を親子二人で乗り切った実体験が、私の心に深く残りました。

    私は、「阿弥陀如来さまにおまかせ」、「仏さまが見ていてござる」、「お父さんが見ていてくれる」などの言葉が「親子二人の生きる力となって働いて下さった」と感じました。

    それは、ご主人は「死んでお終いのいのち」を生きたのではなく、「死んでなお残された私たちを守り、育て、導く仏さまになってくださった」との感謝いっぱいのお話でした。

    T女史のご法話後も、3名の布教使によるご法話をお聴聞させていただき、ドップリとご法義に浸った一日でした。

    T女史を始め、ご出講された布教使の皆さん、本当にありがとうございました。そしてお疲れさまでした。

    2010年7月11日 (日)

    利益第二主義

    皆さん「AZスーパーセンター」をご存じでしょうか?

    この「AZスーパーセンター」とは、「生活必需品のAからZまでを全てを揃える」という意味で名付けられ、日本では2番目の「24時間営業の大型スーパーセンター」なのです。

    不況下で売上が減少しているスーパーマーケット業界の中で、この「AZスーパーセンター」の売上高は、年に100億円を超えるそうです。

    また、ひとつの店舗で「ゆりかごから墓場まで」を体現するかのような膨大な品揃えをを誇り、その店舗の大きさは「東京ドームの約4個分」もあり、「店舗の端から端までは200M」もあるそうです。

    こんな巨大な店舗は、想像もつきません。

    そして、こんな巨大な店舗が、「人口わずか2万7千人の過疎の町、鹿児島県阿久根市に開業していて、週末には約3万人、1年間には約650万人が来店する」というのですから度肝を抜かされます。

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    AZスーパーセンター 阿久根店

    それは、現在、勝山市の人口が約2万7千人ですから、ちょうどこの私たちの住む勝山市に「AZスーパーセンター」があるようなものですよね。

    いかがでしょう、勝山市にこんな巨大な店舗があることをイメージできます?

    さらには、こんな巨大な店舗が現在、鹿児島県内で3店舗もあり、新たに「鹿児島県に4号店を、宮崎県に5号店を出店する予定」というのですから、その勢いに驚いてしまいます。

    そして、その「大型スーパー」の経営者の娘さんが、なんと不思議なご縁で勝山に移り住んでおられ、有り難いことに我が「四葉のクローバー会」のメンバーにも加入されておられるのですよ。

    過疎化と高齢化が進む田舎町に、年中無休で24時間営業の巨大スーパーを出店させ、成功させた「AZスーパーセンター」の経営者の娘さんがです。

    さて、その「景気」や「立地」に左右されない「AZスーパーセンター」の躍進の秘密は、「地域の生活者に貢献することを第一」に考え「利益は二の次(利益第二主義)」という企業理念によります。

     ・地域の生活者を優先する店舗に
     ・田舎だから価格も安く、何でも揃う店舗に
     ・いつでも開き、賑やかで楽しい店舗に
     ・弱者にやさしい店舗に

    経営者は、「損得」よりも「善悪」を優先する小売店を目指されたのです。

    確かにその「企業理念」は立派ですが、「いざ実践する」となると臆してしまう「人間の弱さ」は、現実生活のあらゆることに通じるのではないでしょうか?

    今の政治と政党、企業、教育、福祉、そして、日々の生活、ことさら「思い」と「現実」のギャップに打ちのめされているのは、この私自身かもしれません。

    その「企業理念」を難無く実現された、いえ、大変なご苦労があっての成果でしょうが、現にこうして「利益第二主義で成り立っている実例」を知らされ、「ウーン、世の中、まだまだ捨てたものではないないなー」と、嬉しく思いました。

    お尻の重い私(フットワークが悪いって意味ですよ)は、「ヨシッ! 私も何かやってやろうではないか」と思っても、なかなか行動には移せません。

     ・都会から見放された過疎地でも
      人々が便利に生活できるようにお手伝いする

    まさに理想です。

    たとえば、「高齢化が進む町に立地」ということで、「AZスーパーセンター」へ電話予約すれば、片道100円で自宅へ送迎してくれる「買物バス」のサービスも実施し、購入した商品は自宅まで運んでもくれるそうです。

    この「買物バス」のサービスなどは、もう「一企業がする領域」をはるかに超えていて「行政がしなければならない分野」といえます。

    そして、この「AZスーパーセンター」では、「もっと、もっとすごい!」と思えることをたくさん実践されています。

    関心のある方は、「牧尾英二著 過疎地の巨大スーパーAZの成功哲学 利益第二主義」をご一読くださいませ。

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    う~ん、ほんとにすごいぞ、AZスーパーセンター!

    2010年7月 9日 (金)

    越中おわら風の盆の旅

    7月6日(水曜日)は、年に一度の「福井教区寺族婦人の研修旅行」でした。

    今年の研修旅行のメイン企画は、「風の盆」発祥の地でもある富山市八尾町の聞名寺様への参詣です。

    かねがね、「一度、本場で、生の踊りを見たい」と思っていましたので、研修旅行募集の知らせに「ヨシッ!何が何でも行くぞ」と、すぐさま申し込みました。

    きっと、皆さん、思いは同じだったんでしょう。旅行の当日、急に都合が悪くなった方もありましたが、「40名の定員一杯の参加」という盛況ぶりでした。

    福井より富山までの行程の3時間半は、アッという間に過ぎ、最初の目的地、聞名寺様に到着し、まずその伽藍の立派さに、ただただ驚くばかりです。

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    聞名寺様では、ご住職の霧野雅麿様のお出迎えを受け、一行は堂内に案内され、最初にお寺の歴史を伺いました。

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    聞名寺様が、三方を崖に囲まれたこの地に移られ、建立されたのは460余年前とのことです。

    そして、聞名寺様の開基は、なんと720年ほど前にさかのぼり、第3世、覚如上人のお弟子となられた「覚淳」といわれる方だそうです。

    開基の覚淳様は、美濃で道場を開き、続いて飛騨に拠点を移し、その後、戦国末期の不安な情勢から逃れるように、現在の地、八尾町に移られたそうです。

    そして、この八尾町は、聞名寺様の門前町として栄えます。

    以来、時の有力者と親交を重ねながらも、名もなき庶民たちの「心の支え」、「心のよりどころ」となり、脈々と存続してきたとのことでした。

    そして、いよいよご住職の説明は、「おわら踊り」についてです。この「おわら踊り」の歴史は、意外と浅く「昭和になってから」とのことです。

    いくつかのイベントに合わせ、「この八尾の町に何か代表となる踊りを」と考えられ、改良も重ねられ、現在に至っているとのことでした。

    ことにここ数年は、テレビや、歌本などで用いられたため、アッという間に「おわら踊り」が、全国に知れ渡ることになります。

    9月1日~3日の「おわら踊り」の本番「町練り」では、普段4500人ほどの八尾の町が、何十万人の観光客でひしめき合うそうです。

    開催期間中は、トイレに行けないほどの人ごみで、肝心の「おわら踊り」を見ることができない観光客も多いとのことでした。

    この「おわら踊り」の由来は、養蚕で生計を立てていた庶民が、お盆の時期は忙しくてお墓参りさえもできず、9月に入って秋風が吹くころにようやくお盆が迎えられたことから「風の盆」と言われるようになったそうです。

    聞名寺さまのご厚意で、本堂で「おわら節」を見せていただきました。

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    この「おわら踊り」には、「勇猛な男踊り」と「上品な女踊り」があります。

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    しなやかで優雅な「女踊り」は、編笠をかぶり、踊り手の顔が見えない所もあって、かえって艶っぽく映ったのは、私だけでしょうか?

    これは、「編笠をかぶれば、みんな平等に、遠慮なく踊れるだろう」との配慮からだそうです。

    そして、男性の力強く、歯切れのよい「男踊り」は、艶やかな「女踊り」とのコントラストがとてもマッチしていて、それはそれは素敵でした。

    実際に拝見するまでは、「覚えて帰って踊ろう」などと、大胆不敵なことを思っていました。

    しかし、踊りをマスターするには相当な練習が必要なことを痛感し、すぐに「これは絶対に無理」と諦めました。

    こんなにゆっくりとお寺の本堂で、それも目の前で、生の踊りを拝見でき、最高の旅行となりました。

    今回、「福井市のT寺様と聞名寺様がご親戚」ということで、本当によくしていただきました。

    聞名寺様を後にし、観光会館で5月3日に行われる曳山祭の三基の曳山を見学し、八尾の街も散策しました。

    八尾の街は、門前町、城下町の古いたたずまいを残し、電線は地中に埋めてあり、除雪溝を流れる水は「せせらぎの音」とも化し、風情をかもし出していました。

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    こうして楽しい研修旅行も無事終わりました。お世話してくださった役員の皆様、温かく迎え入れてくださった聞名寺の皆様、本当に有り難うございました。


    2008年9月3日、雨が降り続く、越中八尾のおわら風の盆にて
    聞名寺で行われた聞名寺風の盆講中の方々による舞台踊り

    2010年7月 5日 (月)

    法水情報

    各地で大雨の被害が出ている中、5日(土曜日)には、この奥越地方にも「大雨洪水注意報」が発令され、結構な量の雨が降ったのですが、翌朝には霧雨に変わっていました。

    西宮寺の近くを流れる九頭龍川には、普段の3倍ぐらいの水量があり、濁流は渦巻き、降水の多さを物語っています。

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    さて、4日(金曜日)の午後1時半から4時まで、「福井教区 龍川組(りゅうせんそ)の仏教婦人大会」が、勝山市内のS寺様を会場に開催されました。

    私たちの所属する龍川組では、3年前に3つだった仏婦から1つ増えて4つとなり、これで全寺院の坊守が参加して活動できるようになりました。

    参加してみて、「今まで3仏婦で、年間を通してこれだけいろいろな行事をされていてのだなあ~」と、そのご苦労が身に染みます。

    当然のことですが、「見るのと、するのとでは、大違い」で、ただただ敬服するのと共に、遅ればせながら「精進していこう」と思いました。

    よくよく観察すると「法座のご縁」は、結構いたる処にあるんですよね。

    でも、「皆さんが『お寺へ行って聞法しよう』という気になってくださるか?」が問題です。

    当日も、あいにくの小雨の中、50人ほどの方が参加してくださいました。

    こうして参加し、お聴聞すると、「ああ、そうだな」と頷き、「参加してよかった」と思うのです。

    ですが、「もし私が坊守という立場でなかったら、このように色々なところへ出向き、行動を共に出来ただろうか?」と考えると、改めてお寺へ嫁いだことが、この頃「チョッコシ良かったなあ~」と思えてきます。

    いや、いや、それは違うかも? 私は「重症患者」なので、きっと「坊守」という形で「お寺へ入院させられた」のでしょう。

    今回の「龍川組 仏教婦人大会」では、仏婦会員による献灯、献華、献香、音楽礼拝の後、S寺若院のF師による「後ろ姿」と題してのご法話を頂きました。

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      人の目ばかりを気にし、人のせいにし、「悪いのは私じゃない症候群」に
      とりつかれているのは、「他人ではなくて、この私だった」と気づかせて
      もらうのが、仏の智慧に遇うことだ。

      そして、毎日の頷きの中で、お念仏される後ろ姿を通して、親鸞聖人から
      750年もの間、お念仏が伝わってきたことであります。

      さらには、またそれを喜ぶことが、子や孫に伝えることになる。

    F師は、このようにご法話を結ばれました。

    おかげさまで、今日も半日、「阿弥陀さまの法水」に遇うことができました。

    砂漠のように「お念仏渇水警報」が出っぱなしの私です。

    この時期に「降雨情報」を注目するように、また今度はどこで「法水情報が出るか」を逃さずチェックし、乾かぬよう浸り濡れたいと思います。