坊守日記 Feed

2010年10月12日 (火)

谷口サロン

本日の午後、永平寺町の谷口地区のサロンに寄せていただきました。

これは、どこの地区のサロンでもそうなのですが、男性の方が参加者の2~3割を占めます。ところが、こちらの谷口地区では、参加者の全員が女性でした。

日本人の平均寿命が、男性よりも女性の方が「約7歳も長寿」ということを、如実に反映しているような気がしました。

やはり、サロンにおいても、「歌」や「ゲーム」、「手遊び」などに積極的に参加されるのは女性です。

どうしても男性は、「失敗や、格好悪いことを避けたい」と思われるようで、慣れるまでには、少し時間がかかるようです。

また、男性と違って女性は、失敗よりも笑いを優先されます。女性には、「笑って済ませられることなら、それでいい」といった「たくましさ」さえ感じます。

もちろん、「おおよそ」ですが。

さて、他の地区のサロンと比べ、特にこちらの谷口地区の女性の方は、積極的に参加してくださいます。

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今回のサロンのご縁では、次ようなお話しをさせていただきました。

    私たちは、一方的な見方でモノを見てしまう。それも、自分の都合のいい物差しで計ってしまう。

    少し角度を変えるだけで、こんなにも違う見方ができる。

    当たり前と思っていたことが、当たり前でなく、当たり前でないと思っていたことが、実は当たり前であったことに気付く。

いろんなことが、すでに恵まれていて、そのことに感謝し、「おかげさま」と手を合わせて日暮をしたいものですね。

谷口地区の皆さん、今回も尊いご縁を有り難うございました。

2010年10月 9日 (土)

国民読書年

皆さん、ご存じでしたか? 「2010年は国民読書年」なのですよ。

この「国民読書年」とは、きっと「読書を推薦し、活字離れを何とか食い止めよう」ということなのでしょうね。

ちょうど本日の午後2時より、勝山市立図書館にて「読書の秋」とも兼ねた「記念講演」がありました。

ご講師は、読み聞かせや、家を開放して家庭文庫を開いたり、また、20年近くも「お話し養成講座」などの活動をされる経験豊富な「○定正世氏」です。

最近は、どこの学校へも「読み聞かせボランティア」の方が入り、「子供たちへ絵本の楽しみを伝えること」に日々励んでおられる所が多いと思います。

私もここ数年、地区の小学校に出向き、そのお手伝いをさせていただいているのですが、未だかつて「講習らしきもの」は何も受講していないので、「この機会に是非」と思い、聴講してきました。

ご講師の「○定正世氏」は、ここ勝山市のお生まれで74歳。現在は滋賀県高島町にお一人で暮らしておられるとのことです。

さて、今回の「記念講演」の講題は「耳から楽しむ読書、想像の世界」です。

    本というのは、一人で黙読しても良いが、
    声を出して耳に響く音を聞きながら読むと
    なお一層、心に響くものがある。

    読んでいる自分と、聞いている自分が
    一人二役をして、楽しめるというわけです。

講演でご講師は、このように「目だけではなく、音で読んで、想像しながら、膨らませながら、読むことの楽しさ」を、切々とお話しくださいます。

また、ご講師は、「ことりをすきになった山(アリス マクレーラン 著)」という絵本を丸暗記されており、講演の中で淡々と朗読されました。

その「丸暗記の朗読」は、7~8分もあったのですよ。私などは、「まずストーリーよりも、よく覚えられたなー」と感心するばかりです。

その絵本の朗読の後、ご講師は丸暗記された3冊の本の朗読も披露されました。昨晩の献立さえも忘れてしまう私にとって、ほーんと、羨ましい記憶力です。coldsweats01

まっ、私の記憶力のことは、とりあえず横においておき、この「耳から読む本の世界」は、ご講師のおっしゃる通り、想像力を駆り立て、10人が10通りの本を作り上げたことでしょう。

最後にご講師は、地元のS氏の奏でる篠笛(しのぶえ)の伴奏で、「湖の笛」という物語を朗読してくださいました。

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その「朗読家と音楽のコラボ」は、それはそれは素敵な体験で、有意義な時間を過ごすことができました。

講演でご講師は、次のようにもお話しくださいました。

    読書は、経済的な、知的な楽しみです。

    ひいてはそれが、人生をより豊かなものにするだけでなく、感性を磨き、表現力を高め、想像力を豊かなものにし、生きる力となることでしょう。

    この歳になって、親への感謝の気持ちがわいてきたり、人生の指針とも思える詩に出会うなど、毎日のお経の如く、自分で声に出して読み上げ、自分の耳で聞いている。

    私は74歳、年をとるということも、捨てたものではないですよ。

それは、そのお話しの通り、「長年に渡り朗読活動に活躍された故の若々しさ」が伝わって来ました。

本日の「記念講演」は、「秋の夜長は、ゆっくり読書なぞして過すのも、これまた贅沢でいいかなー」と思わしてくれるご縁でした。

2010年10月 7日 (木)

廃油石鹸に挑戦

10月度の「四葉のクローバー会(県外出身者の会)」の例会は、「廃油石鹸に挑戦」です。講師も、メンバーのお一人が、引き受けてくれました。

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同行の子供たちも、「エ~~ッ? 廃油で石鹸なんて作れるの?!」って、モー興味深々です。

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この「廃油石けん」は、分量を混ぜるだけで簡単に出来るのですが、医薬用外劇薬に指定されている「苛性ソーダ(別名:水酸化ナトリウム)」を使うので、くれぐれも注意が必要です。

先ずは、水と規定分量の苛性ソーダをペットボトルの空き容器に入れ、静かに溶かします。

すぐに溶けますが、その液体に触れると、火傷のような症状になるので、とても危険なんだそうです。

その後、規定分量の尿素を加え、よく溶かします。そして、いよいよ廃油を入れてよく振ります。

2日ほど寝かし、容器から取り出し、一週間ほど乾燥させたら「廃油石鹸」の出来上がりです。

廃油を入れて振るのに、かなりの根気が必要なのですが、メンバーとしゃべりながらの作業なので楽しく、しかも「二の腕ダイエット」の効果も期待できそうです。

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今回、贅沢にも「健康油の代表」と言われる「えごま油」でも、「廃油石鹸」にチャレンジしました。

しかし、この「えごま油」は、なかなかドロドロ状態になってくれません。

うまく固まるかどうか不安です。2日後にしっかり固まっていることを願うばかりです。

まっ! これで成功すれば「エコ石鹸?」の完成です。

完成した「廃油石鹸」は、台所で使うのもOKですし、洗濯に使うと頑固な汚れがよく落ちるそうです。

これは楽しみです。後は、廃油と同じように「寝て待つ?」だけです。

2010年10月 6日 (水)

この街で

私、次はきっとこの歌がブームになると、予感しています。

2~3年前に大ヒットした歌に「千の風になって」があります。この「千の風になって」は、「秋川雅史さん」が歌い、一躍全国に知れ渡たりました。

ですが、元々は、作家、作詩作曲家、写真家、環境映像プロデューサーなど、多才な顔を持つ「新井満さん」が作曲された歌なのです。

私は、「秋川雅史さん」の威風堂々とした歌唱で、スタンダードとなる2年ほど前から、CDで「新井満さん」自身が歌う「千の風になって」を聞いていました。

この「新井満版」を聞いてすぐ、「私のお気に入りの歌」になっていました。

その後、「秋川雅史アレンジ版」が出ますが、やはり本家の「新井満版」の方が好きです。どんなに「秋川雅史アレンジ版」がヒットしても、やっぱり「新井満版」の方が味わいがあって好きなのです。

今年の3月、新井満さんの講演会で、新曲『この街で』を聞いてきました。

この講演会で、新井満さんは「この歌は『新曲』といっても、歌い始めてからずいぶん経っているんですよ」と、おっしゃっておられました。

そして、この新曲『この街で』は、次のような経緯で生まれたそうです。

    2005年3月3日、コミュティセンターで開催した、日本ペンクラブ「平和の日、松山の集い」の中で、『恋し、結婚し、母になったこの街で、おばあちゃんになりたい!』という言葉に感動したゲストの新井満氏と三宮麻由子さんは、即興で歌を披露。(松山市ホームページより)

ということは、「歌が出来てから5年経っている」ということになります。

講演会でも、新井満さんは、「ほぼ即興の歌」と説明されていましたが、そんな謙虚な説明の通り、すぐに口ずさめる詩で、親しみやすいメロディーです。

3月の講演会で、しかもライブで初めて『この街で』を聞いた時は、「優しい素朴な歌」としか思わなかったのです。

ですが、最近、何回も、何回も、『この街で』を聞く機会があって、モー私の耳から離れなくなりました。

じっくり歌いこまれる詩の一語、一語が、私の心の琴線に触れます。じんわりと心に入り、そして、心に根付いてしまうような感じです。

    皆さん、ここまで言うと、どんな歌か聞きたくなってきたでしょー?
    検索すると、たくさんヒットしますので、ぜひ聞いてみてくださいね。

この『この街で』は、「この街で生まれ、育ち、出会い、恋し、母になって、お婆ちゃんになって、お爺ちゃんと一緒に生きていきたい」というストーリーの「郷愁溢れる歌」です。

ホーント、この詩のように、そうありたい。平凡であることの非凡さ、そして、有り難さがジンワリと胸を打ちます。

何だか、この『この街で』は、きっと「千の風になって」と同じように、ヒットするような気がしています。

    エーッ! 「賭けようか」って? 嫌ですよ。
    でも、当たったら、嬉しいな‥‥

2010年10月 4日 (月)

お寺のリボンちゃん

今月も、かわいい園児たちが、すばらしい秋空のもと、お寺へ元気にやって来てくれました。

園児たちがお参りしてくれるようになって4年目です。園児たちは、毎年「ぬいぐるみをお友達」として、一緒にお参りをしています。

今年の「ぬいぐるみのお友達」は、ディズニーのキャラクターの「スティッチ」です。

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今年のきりんさん組の帽子の色は、偶然、「スティッチ」と同じ水色なんです。

そして、今年の「ぬいぐるみのお友達」、「スティッチ」の名前(愛称、ニックネーム)を、園児たちが「リボンちゃん」と名付けてくれました。

園児たちは、お寺に来るたび、皆が「リボンちゃん」に頬ずりし、「最後の方の園児になかなか順番が回ってこない」という盛況ぶりです。

最近、老人施設では、犬や猫のぬいぐるみや、お人形などが置いてあり、「癒しグッズ」になっているようです。

園児たちも「リボンちゃん」のことが大好きで、一緒に参加することが当たり前になっています。

行事や運動会など、私が保育園に行く時は、必ず「リボンちゃん」も同行します。

すると、園児たちは、私を見つけるよりも先に「リボンちゃん」を見つけ、飛んで来てくれます。

なんだか、チョット、嫉妬しちゃいます。でも、「園児たちが和やかにお参りしてくれるのも『リボンちゃん』のお陰かな?」と感謝しています。

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さて、今回は、園児たちに、大平光代さんの絵本「はるちゃんのいただきます」を読みました。

この本願寺出版社から出ている絵本、「はるちゃんのいただきます」には、お母さんと幼い娘が、肉屋さん、魚屋さん、八百屋さんで食材を買い、料理を作って食べるまでの様子が描かれています。

    Photoテーブルに並ぶ肉や魚、野菜などの元の姿、形を知っているよね。

    また、その牛や豚、鶏などを育てる人も、漁師さんも、お百姓さんも、知っているよね。

    そして、肉や魚、野菜などをさばいたり、色々な料理を作ってくれる人たちもいないと、私たちは食べられないよね。

    だから、チャーンと、食べ物にお礼をしようね。

園児たちへ、「食事の前と後には、命から恵みを得たことへの感謝と、思いやりを伝えようね」ということをお話しました。

でも、園児たちは、「いつも、いただきます、ごちそうさまを言っているよ」と答えてくれます。

ウ~~ン? となると、いつから人は、「食への感謝」を言わなくなるのだろう。

大人になるにつれて、「言えていたことが、どんどん言えなくなる」、「一番大事なことが、お粗末になる」、そんなことはないかしら?

子供には、「しっかり言いなさいよ!」と教えているのにね。例えば、「ありがとう」、「ごめんなさい」、「すいません」もそうですよね。

ウ~ン、胸にズシリとのしかかります。‥‥だって、この私の事ですから。coldsweats01

2010年9月30日 (木)

節談説教

一昨日、お付き合いのお寺の報恩講に出勤してまいりました。

今年の布教は、節談説教の大家、M師(兵庫県専○寺)です。先生は「住職の親友の師匠」ということもあって、ご挨拶にお部屋へ寄せていただきました。

先生の「83歳」という年齢を感じさせないご様子に感服しました。

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こちらの報恩講では、今回のお座のために立派な高座を借りられ、チラシもあちこちに配布されたとのことです。

そんな入念な準備をされた甲斐もあって、普段お寺に足を踏み入れたことのない方もたくさん参って来られていました。

きっと前列のご婦人方は、「今日がお聴聞デビューでは?」と思われます。

節の付いたお説教「節談」といっても、「浪花節」や「浪曲」のようではなく、初めて聴かれる方がほとんどなので、それは新鮮な体験だったことでしょう。

参拝者へ、「できるだけ現代的な語り口調での節談の説明」や「先生が節談をされるようになった経緯」なども交えながら、お取り次ぎをされました。

先生の絞り出すような渋いお声で、時折ユーモアも交えながらのお話は、雑念を起こす暇もないほど、すっかり参拝者の心を魅了してしまいます。

江戸の前期、寛永時代の数奇な生まれの僧のお話を例に「信心正因、そして念仏は仏恩報謝です」と、お取り次ぎをくださいました。

    「我称え 我聞くなれど 南無阿弥陀仏
          連れていくよの 弥陀の呼び声」

明治時代の学僧、原口針水和上のお言葉を引用され、お示しくださいました。

有り難いご縁でした。

2010年9月29日 (水)

坊守会ご一行参拝

本日の午前中に、住職の暁天講座での布教がご縁となり「三門徒派の坊守様方ご一行」が参拝されました。

ナーンと、三門徒派のお裏方様もご一緒です。

さて、浄土真宗を信奉する教団は、いろいろの歴史的な事情から、現在では十派に分流しています。

それは、本願寺派(西本願寺)、大谷派(東本願寺)、高田派(専修寺)、佛光寺派(佛光寺)、興正派(興正寺)、木辺派(錦織寺)、出雲路派(毫摂寺)、誠照寺派(誠照寺)、三門徒派(専照寺)、山元派(證誠寺)の十派です。

私たちの住む福井県には、毫摂寺(真宗出雲路派)、誠照寺(真宗誠照寺派)、専照寺(真宗三門徒派)、證誠寺(真宗山元派)の4派の本山があり、真宗十派の寺院数が七百余りになる「浄土真宗の法義に深い土地柄」なのですよ。

ネッ! 福井県には、この「4派の本山がある」のですから、スッゴイでしょ。

三門徒派(通称:中野本山)は、約7百年前の1290年に「高田専修寺」に属していた「如道上人」が、福井市の大町に専照寺を建立されたのが始まりです。

この「三門徒の謂れ」は、「横越の證誠寺」、「鯖江の誠照寺」、「中野の専照寺」が相対して存立されていたので、世の人々はこれを「三門徒衆と称した」とされています。(そうなんだー 知らなかった)

三門徒派の開基、如道上人は、善鸞様の教えも導入されているといいます。(どんな教えなのかな?)

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三門徒派の坊守様方ご一行

 
親鸞聖人物語(DVD)

昨夜、関西の布教から帰ってきた住職は、三門徒派の坊守様方へご挨拶と、記念写真に収まり、「 paper 坊守よ、後はよろしく頼む」と能登へ出かけていきました。

その後、皆さんには、親鸞聖人のご生涯を描いた「ご絵伝人形」を見ていただきました。

でも、考えてみたら「皆さんは坊守様」です。この私があえて説明するまでもなく、よくよくご承知のことばかりなのに、それでも静かに聞いてくださいました。

やっぱり、お裏方様の前ですから、「丁寧に説明しなければ」と気負い、緊張もしてしまい、しばしば言葉を噛んでしまったようです。

(皆さんから「一体どこからどこまでが丁寧なの?」と言われそうな予感)

何とか「ご絵伝人形」の説明も終わり、休憩をしていただきました。一時間ほどのご滞在でしたが、とても勉強になった「坊守様方ご一行の参拝」でした。

三門徒派の寺院、布教所数は約40箇所で、北海道にもあるそうです。

お寺同士がとても家族的で、仲睦まじくお付き合いされているご様子に「御同朋、御同行の姿」を見ることができました。

坊守様方ご一行は、西宮寺を出て「はたや記念館 ゆめおーれ勝山」でコースター作りにも挑戦され、その後、大野へ向かわれました。

空模様と相談しながら、自由に研修旅行をされるご一行が、本当にうらやましく思えました。(我が派では、とても無理なことですから‥‥)

三門徒派の皆様、バタバタで申し分けありませんでした。どうぞ、またのご縁をお待ちしております。confident

2010年9月26日 (日)

十年後に届く手紙ー2

前回の続きです。

長男は、「母には 口に出して 言ったことはないけど‥‥」と語り、それから次のように続けます。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

    母は、人より
    しょっちゅう身体を壊しやすい体質。

    その度に体調を無視してやっている。
    本当に頑張り屋さんです。

    将来は、法律関係の仕事に就いて
    母に楽させてあげたい。

    今まで もらった全てのことを
    1.3倍くらい返したい。

    今まで13年間ありがとうと
    まじめに思っている。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

お母さんの思いは、ちゃーんと伝わっているのですね。

10年後に届いた手紙で、改めて「親の気持ち」、「子供の気持ち」を再確認できたようです。

毎日一緒に暮らしている親子でも、「大事なことを伝える」と言うことがなされていない?

イエイエー、感謝の気持ちはあるのに、笑顔で伝えたいのに、なかなか口に出して言えないものなのです。

でも、なかなか言えない言葉だからこそ、「時には伝えたい『ありがとう』の言葉を」ですよね。

広島の詩人、栗栖晶さんの「ありがとう」の詩の最後に「ありがとうは、しあわせのあいさつです」とあります。

ウ~ン この詩を読んで、「あちこちで『しあわせのあいさつ』が交わされるといいなあー」と思うのです。heart01

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 追伸 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

実は、私も1985年の筑波科学博覧会のイベントで「21世紀のあなたに贈る手紙」を書きました。

2001年の元旦、年賀状と共に「16年前の手紙」が届いた時は、本当にビックリし、感激でした。

当時は、上2人の子供と4人家族で、その「16年前の手紙」は「子供に宛てた遺言書」でした。

おかげさまで「16年前の手紙」が届いたときも、ピンピンしていましたが、16年前の自分に会えて一番感動したのは「当の私」でした。

この「16年前の手紙」は、下2人の子供も含め、4人の子供たち用に保管してあります。内容はヒミツです。

2010年9月25日 (土)

十年後に届く手紙-1

10年前、2000年(平成12年)に「福井テレビわんぱくフェア」の会場で「10年後の子供たちに手紙を書く」というイベントがあったそうです。

題して「十年後に届くママからの手紙」です。

それは、ママに限らず、パパや、おじいちゃん、おばあちゃんが書いた手紙を毎年預かり、10年後に届けてもらうというイベントです。

そして今年は、福井テレビが10年間保管していた「それらの手紙を初めて届ける年」にあたります。

預かっていた手紙810通のうち、宛先不明で、どうしても届けることの出来なかった手紙が68通あったそうです。

先日、福井テレビで「何通かの手紙を追跡し、その現状を聞く」という番組が放映されました。

番組で放映された3通のうち、1通のご家族の事例をご紹介します。

2通のご家族は、お子さん2人、または、下の子が出産間近で、「10年後の両親と、2人の子供で仲良く暮らしているであろう家族」に宛てた手紙でした。

そのご家族の想像通り、健やかな子供たちの成長と、夫婦仲むつまじい家庭に届いた手紙は、見ていてもほほえましく、またうらやましいものでした。

しかし、3通目のご家族は、10年前はご夫婦と3歳、1歳の男の子の4人家族で、子育てに追われ本当にバタバタで、大変な最中にママが書いた手紙でした。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

    ママは、今、大変です。
    手紙を書いている間も、大変です。

    でも、10年後、きっといい子になっていると思って
    頑張っています。

    明後日は、富士急ハイランドへ行く予定です。
    10年後でも、覚えていてくれていますかね?

    昨日は、一生懸命、土地探しをしていました。
    パパと。

    10年後は、家ありますか?
    それぞれに部屋あたっていますか?

    あまり長いこと時間かけていられないので終わります。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

そして10年後、やっと探しあて、手紙を届けた時は、お父さんがその3年後に急な病気で亡くなり、お母さんが2人のワンパク坊主を無我夢中で育てておられる真っ最中でした。

10年て「アッ」という間です。でも「一寸先は闇」と言われる通り、ほんの少し先のことでさえも、何がどうなるかわからない。

思い描いていた通りになっていることの方が、おかしいとも言えます。「まさかこんなことになるなんて」という方が、現実なのかもしれません。

アナウンサーの「当時のことを振り返ってもらっていかがですか?」の問いに、そのお母さんは次のように答えられました。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

    悲しむまもなく、子供と文字通り生きるので必死でした。
    ひとつ前のことを思い出すことが、疲れて思い出せない。
    それぐらい、毎日がいっぱい、いっぱいです。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

振り返ることができる。立ち止まって考えられる。これ自体が「恵まれていること」と、初めて気づきました。

その手紙をじっと聞いていた長男が、お父さんが亡くなってからのお母さんの頑張りぶりをこう話しました。

次回につづく‥‥ 

2010年9月22日 (水)

仲秋の名月

今日、9月22日は「仲秋の名月」です。

一年で最も美しい満月の夜だというのに、あいにくの雨のため、月を見ることができません。

しかし、こんなこともあろうかと感が働き、昨夜、すばらしい月をゲットしておいたのです。(なんと気がきく‥‥自我自賛)

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昨日も、パラパラと雨が降ったと思えば、ムシムシと暑かったりと、今ひとつのお天気でしたが、夜はまたとないきれいな満月を見ることができました。

空を見上げれば、きれいな月が見られるのに、気にもかけない人にとっては、月が出ていようが、隠れていようがおかまいなしです。

  月影の至らぬ里は なけれども
       眺むる人の 心にぞすむ  (法然上人)

お陰で「切れ味」のあるこの句が浮かんできました。

私たちは、「仏さまから背を向けよう」としがちですが、仏さまのお慈悲はすべての人に分け隔てなく注がれています。

振り向いて、「すばらしい月が、この私を照らしている」ということに、どうか気付いてください。

皆さん「見てください」と月が語りかけていますよ!

ホーントに今日は、月が見れなくて残念です。