坊守日記 Feed

2010年4月10日 (土)

まちなか巡りツアー

9日の福井新聞の奥越欄に記載の「勝山の歴史遺産を巡ろう」の文字が目に飛び込んできた。

今日の明日とは、急な日程だなあと思いながら、先日受けた「かつやまふるさと検定」の実地見聞に「またとないチャンス」と、お友達を誘って申し込みました。

旧町内を2時間かけて歩きまわるコースで、「ボランティアガイドもつく」というので、気合を入れて「はたや記念館 ゆめおーれ勝山」に向かいました。

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なあ~んと、「勝山の歴史遺産を巡ろう」に申し込んだのは、私たち二人だけでした。

贅沢にも、ガイドさんがついてくださり、3人で「まちなかツアー」をしてきました。

   ・勝山城本丸や天守台跡地 
   ・家老林毛川氏の石碑がある毘沙門神社
   ・勝山藩校「成器堂」の建物が残る神明神社
   ・七里壁
   ・寺町のお寺
   ・大清水
   ・勝山藩主小笠原家の菩提寺の開善寺

などなど、ふだん通らない路地を通り抜け、満開の桜を愛でながらゆっくりまちなかを歩いたのは初めてで、こんなに歴史的遺産があることに驚きました。

2時間15分は、アッという間で、ふだん歩きなれていない私も、心地よい疲れとなりました。

70歳のガイドのIさんは、私たち2人のために詳しく、熱心に説明してくださり、本当にありがとうございました。

少し勝山の歴史が分かってきたような(?)感じがします。

予約すれば、土日にガイドしてくださるとのことです。皆さんも、まちなかをまわってみれば、楽しい発見があるかもよ good

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本町にある花月楼のしだれ桜

2010年4月 8日 (木)

春をいただく

春になると、どうしても一度は食べたいものがある。

それは「ツクシ」です。

皆さん「エッ!ツクシを食べるの?」と思われるでしょうが、ツクシは高級料理店でも出されている「珍味」なのですよ。

春に田舎に帰ったときは、必ず土手を探しまくって、ツクシを採っていました。

今回の帰郷の折も、ツクシを採りに行ったのですが、ほんのわずか遅かったようで、「ツクシ」は「スギナ」になってしまっていました。

  そうなれば来年まで食べられない
  いや兵庫で遅いなら、勝山は旬だ

と思い、勝山へ帰ってきて、早速ツクシを採りにいきました。

案の定、旬は過ぎていましたが、何とか一回分を確保できました。

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ツクシは、できるだけ茎の長い、胞子が開いたものを採ります。

その後の始末、これが大変で、袴をとる作業に時間がかかり、爪もツクシのアクで真っ黒になります。

最近は、にがみがある頭の部分も取って、茎だけにします。

本当に見た目では、「これは何?」と思うほどの高級感になります。でも、調理後の量は5分の1ほどになってしまいます。

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湯がいて、炒め、醤油で味付けるだけ、とてもシンプルな料理(?)です。

しかし、これが美味い!

  うん、うん、この味、この味。
  満足、満足。

やっと、帰郷の旅が終わりました。

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追伸:留守番をしてくれた息子夫婦と孫に感謝 lovely

2010年4月 7日 (水)

米寿を祝う

4月4~5日、実父の米寿の祝いに、久々に帰郷しました。

この半年の間に、喉をつまらせたり、倒れたりと、6回も救急車の世話になったそうです。

落ち着いてから聞くだけで、遠くに嫁いだ私は、何の世話もできず、ただ兄夫婦に感謝するだけであります。

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兄弟姉妹4夫婦がそろってお祝いできたのが何よりでした。

米寿の祝いは、実家(兵庫県三木市吉川)の近くの有馬温泉に一泊。私は、近くに生まれ育ったけれど、初めて有馬温泉へ行きました。

おいしい料理に、久々の旅行に、誰のためのお祝い(?)か分からないほどでした。

亡き母の50回忌を2年後にひかえ、半世紀を一人で生き抜いてくれた父に、ただ「感謝の言葉を」と思いながら、何も言えずに帰ってきてしまいました。

申し訳ありません。

でも、しっかりと「後ろ姿」を見させてもらっています。今日まで何とかやってこられているのは、お父さん、あなたと、母のお陰だと思っています。

”本当にありがとう”

やっといえた。

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2010年4月 2日 (金)

前住職の13回忌

実家寺の浄仙寺にて、前住職の13回忌を勤修しました。

子供、孫達、村のお同行のお参りではありましたが、亡き人を偲び、我が命の行方を聴かせていただくよきご縁となりました。

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プロジェクターで前住職の生涯を

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母を囲んで

子供が4人ともお寺に縁づき、法務に携わっていることが、何より亡き父(前住職)は喜んでいてくれていると思います。

子供達がお勤めをし、父を偲んで法話をしてくれる姿を、嫁の私が見ても「嬉しいこと」と思えます。

お勤めには、東北教区教務所長も遠路はるばる駆けつけてくださいました。午前の法話は住職と若が、午後の法話は兄と弟がお取り次ぎしてくれました。

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法話をする住職です

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法話をしてくれた住職の兄です

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法話をしてくれた住職の弟です

今回一番のサプライズは、父の一生涯を映像を通して表わしたことです。映像は、M氏にお願いして、父の古い写真をDVDにストーリー化していただきました。

スクリーンに映し出される突然の前住職の姿に、誰もが「懐かしさ」と「思い出」がよみがえってきて、ほのぼのと暖かい法事になりました。

ふと「私の法事にも、子供や孫たちが集まり、ああだった、こうだったと、にぎやかに楽しく語らってくれるといいなあー」などと思っていました。

ご門徒さんに「法事は大事ですよ」と言いながら、簡略化、簡素化の波に押され「ご時世ですね」で済ませておりましたが、こうして「やって、見せて、伝えていくことが大事なんだ」と、あらためて知らされました。

法事は、自分のためだったんですものね。

追伸:DVD作成を快く引き受け、すばらしいものにしてくださった
   M氏に感謝!感謝!
   いつもご無理を聞いて下さってありがとうございます。

2010年3月28日 (日)

千の風

本日、新井満さんの講演会に行ってきました。

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3月28日 午後 鯖江市文化ホール
新井満さんの講演会

この「新井満さんの千の風になって」は、数年前、友達が悲しみのどん底の時に巡り会い、そして、この歌に、どれだけ癒されたでしょうか。

前日、願生寺ご住職の長田智真師より整理券をいただき、何をさておいてもと、新井満さんの講演会に駆けつけました。

実は、私、新井満さんが「芥川賞受賞の作家さん」だなんて、初めて知りました。

なのに歌手顔負けの歌唱力で、「千の風になって」と「この街で」の2曲を歌ってくださいました。

作者不明の「1000の風」という詩に、曲を付け、レコード大賞の作曲賞を受賞されるまでのいきさつを交えながら、<生まれる>、<生きる>、<死ぬ>ことの意味を語ってくださいました。

生まれるということは、それだけで奇跡のようなもの、そのことに感謝して、あなただけの役割を果たしてほしい。

死は、終わりではなくて、形は変われども、再生するんだ。そして、残していった者を見守る存在になる。

残された者は、泣くだけ泣いたら、亡くなった人の分まで生きることが大事なんだ。

幸せに生きるコツは、楽しみを発見して生きること。そして、一番身近なパートナーを愛することだと、熱く語ってくださいました。

表現は変われども、真宗につながる教えに、形の変わった法座を感じました。

講演のあとの「ゴールデンエイジふくいともんしろちょう」の総勢90人の合唱団の歌もすばらしかったのと、会場満席の約1000人の大合唱も心に響きました。

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司会をK坊守さんが素敵になさっていて、客席から声を掛けたくなりました。

天候不順な日に、ほんわか春の日差しを感じた一日でした。  感謝!  合掌

大事に使おう助成金

本日、勝山市の「わがまちげんき発展事業」の助成金に申請して、活動している18の団体の事業報告がありました。

我が「四つクロ(県外出身者の会)」も、今年度の設立で、かつ、助成金も申請し、初めてのことばかりで大変でした。

事業報告の持ち時間は、たったの5分ではありますが、その中に事業の内容、成果、課題、今後の目標、事業費額などを盛り込んで報告をしなければならず、役割を分担し、それなりに会員が力を合わせて乗り切りました。

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無事終わってホッとしたメンバー

大事な、大事な、助成金を使わしてもらうのですから、当然ですが、真剣にやらないと。

普段は、ノリのいいメンバーですが、ビシット(?)決めました。おかげで20人の審査の方の認可がおりました。

他の団体も、とても熱心に取り組んでおられ、勝山も熱いですよ!今後、横の繋がりを広めて、盛り上げていきたいでね。

でも、ほんとよかった scissors

2010年3月20日 (土)

彼岸会終わる

彼岸会が勤まりました。

とても良い天気に恵まれ、ストーブをつけた本堂は、走りまくっていた私には、汗ばむほどでした。

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O寺O布教師の身近な喩えをまじえながらのお話は、自分のことのように身に染み、参詣された皆さんも頷きながらお聴聞されていました。

      「蒔けよ 蒔け 仏の種も 彼岸から」

よく「これより西方に、十万億土の仏土を過ぎて世界あり、名づけて極楽といふ」と、お聞かせいただきます。

そして、そんな遠くに仏様がいらっしゃるかと思えば、「いつもそばにいて下さる」とも、お聞かせいただきます。

いったいどちらなのですか?

この問いに、あるおばあさんは、「西方浄土は、阿弥陀様の本籍地。現住所はここ、私のもとで働きずめのここが現住所です」と、見事に回答されました。

西方浄土は遠けれど、南無の一声でいけるのですね。

遠くで行けない故郷も、なかなか会いに行けない父や母も、ふと思い出すとすぐ近くに感じられますものね。 

思っているときは、相手からも思われている証ですね。

辛いこと、苦しいことだらけの人生に、ふと気づくと阿弥陀様の腕の中。 合掌

2010年3月19日 (金)

卒業シーズン

三月は、卒業シーズンです。各学校でも卒業式が行われ、喜びと悲しみの交差の中で一歩づつ成長していくのでしょうね。

sun 先日、勝山市南幼稚園の卒園式に寄せていただきました。

これがまた、かわいい! こんな時が誰にもあったなんて信じられないです。(いつから言い訳や、とりつくろい、屁理屈ばかりがうまくなったのか)

幼い頃から教えられていた「ごめんなさい」、「ありがとう」、「どういたしまして」を、今度は子供たちに言い聞かせながら、「今の自分ができていないことばかりだ」と、情けなくなりました。

大人は言うでしょう。「そんなに甘くはないのよ。生きていくには、きれいごとばかり言ってられないでしょう」と。

ならば、なぜ子供たちに押し付けるのか。大人が子供より偉いわけではない。子供に教えながら、いつも教えられている私です。

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子供たちが歌う「ありがとう。さようなら」を聞くと、じんときますね。

sun 西宮寺に一年間通って来てくれたT保育所のキリン組さんも、卒業参拝に来てくれました。

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10回のお参りで覚えていることを尋ねたら、みんなの手が上がり、次から次に話したことや、読んだ絵本のタイトルをいってくれました。

読んだ私の方が忘れていたほどです。子供ってすごいな!

四月からは、ぞう組さんに進級し、禅宗のお寺で坐禅を組みにお参りをするそうです。

大きくなって、何かの時に思い出してもらえるといいなあ~ happy01

sun 市内の小中幼の14の学校、2高校の卒業式がすべて終わりました。

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鹿谷小学校の卒業生

sun 最後に一番心配していた二男の龍大の卒業式が19日(今日)でした。なんとか就職も決まり、引っ越しや手続きが押し迫ってきました。

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卒業旅行で足を伸ばし 寺に宿泊したゼミの仲間たち

二男に「これまで大変だったと思ったら間違いよ!これからよ!これからよ!」と激を飛ばしました。「またいらんことを・・・」といわれそうです。

sun ああ・・人生の卒業は、いつか?

いつくるのかは、誰にもわからないが、すでに行く先もきまっているし、予約席もいただきました。安心、安心、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏  合掌

2010年3月14日 (日)

ふるさと検定終わる

最近、各地で行われている「ふるさと検定」なるものが勝山でも行われました。

公式問題集が今年の1月に発行され、「検定がある」と聞き、「ふ~ん面白そうだな、初級編というんだから中級、上級とあるのだろう。今回受けなくては、置いて行かれるな」とあわてて申し込み、あれよあれよと試験の当日を迎えてしまいました。

この年齢でテストなるものは久し振りで、「落っこちたら恥ずかしいな、少し勉強しなくては」と、三男のテスト勉強に並んで勉強を始めるのですが、問題を3問解くと睡魔に襲われ、何回同じところをやり直したことか。

問題集の358問中、まったく同じ問題が100問出題され、80点以上が合格といういたって簡単なルールと思いきや、結構、難解な問題が多いのです。

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たとえば、勝山橋が初めてかけられたのはいつ?
   1.明治39年(1906)
   2.大正4年(1915)
   3.大正14年(1925)
   4.昭和4年(1929)
というような四択です。ちなみに正解は、4の「大正4年」だそうです。

日本で最初に全身骨格が復元された肉食の恐竜は?
   1.フクイサウルス
   2.フクイラプトル
   3.アスワテドリリュウ
   4.テドリワニ
正解は、2の「フクイラプトル」だそうです。

こんな具合です。

これは大変、丸暗記しなくっちゃ。頭は回転しないし、時間はないわで、悪戦苦闘、一か八かの大勝負でした。

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なんと250人あまりの受験生の中に、小学生らしき子供の姿もちらほら、えらいの一言です。

ほんとに勉強になりました。勝山再発見!これをずうっと覚えていたら、いつでも観光案内ができるのに coldsweats01

にわか暗記では、それも望めません。合格発表は、17日とか。そのことは触れないでおきましょう pig

2010年3月 2日 (火)

浮かれ 舞って 春を呼ぶ

例年になく穏やかな天候のもと、27、28日の両日開催の「勝山左義長まつり」が無事終わりました。

なんと、例年は6万人前後の観客なのに、今年は11万人もの大勢の観光客で賑わいました。

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賑わいの様子

福井市美山町の有名人「たごさくさん」や、4年前から「勝山の左義長」と「おろしそば」にぞっこん惚れこんで下さっている「椎名誠さん」、勝山出身のバレーボールの「三屋裕子さん」らが、それぞれ40人ほどのお仲間を連れて来て下さいました。

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下後区で餅つきをされる たごさくさん

椎名さんは「左義長大使」を、三屋さんは「健康大使」を引き受けて下さり、勝山をおおいに宣伝してくださることになったそうです。

私も三屋さん一行の案内を仰せつかったので、左義長のやぐらめぐりをしました。

普段は、地区のやぐらの往復で精一杯なので、こんな機会でもないと他のやぐらを見て回れませんでした。

三屋さんの主催する「健康寺小屋」のみなさんは、三屋さんから聞くだけでは、左義長のイメージがわかず、 実際に見て、こんなに明るくて、エネルギッシュな祭りとは思わなかったそうです。

北国の冬のまつりが、そこぬけに陽気で、見る人を楽しませてくれるとは、と感激ひとしおのご様子です。

行くやぐら、訪ねるやぐらで、その歓迎ぶりがすごく、地元の私でさえ暖かくなりました。

12のやぐらのうち、上郡のやぐらに上がってもらい、実際に太鼓をたたき、浮かれてもらいました。このまつりは、「たいこをたたく」とは言わず「浮く」といいます。

さすが、みなさん恥ずかしがらずに、おおいに浮かれておられました。

その後 頂いたきりたんぽは、最高でした。ごちそうさまでした。happy01

3時間ほどの案内でしたが、とても和やかに過ごすことができました。送迎の場所が、我が家の真横だったので、お寺掲示板の文面で花が咲きました。

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夜も見れるようにライトアップされた掲示板

なんと、この掲示板の照明は、左義長の前日に取り付けていただきました。

今月の言葉、相田みつをさんの「そのうち そのうち……」は、三屋さんの健康寺小屋で、教室の最後に皆さんでご唱和なさる詩だそうです。

「なんでここに?」などと不思議なご縁を感じた次第です。「体の健康と同じくらい心の健康が大事だ」と、意気投合してお見送りしました。

みなさんの「来年は、最終日のどんどやきに来たいね」という言葉を信じ、再会を楽しみにしている私です。