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2010年11月

2010年11月14日 (日)

宗教都市 勝山

勝山市では、本日の午前と午後、「白山平泉寺などを拠点に栄えた中世の歴史に触れてもらおう」と「白山文化フォーラム」を開催しました。

2001年(平成13年)に初回を開催し、今年で10回目を迎える「白山文化フォーラム」となります。

また、11日付の地元各紙でも、「坊院跡で石垣や石畳道発見」と「2010年度発掘調査の中間報告」の記事が掲載されました。

そんな関連もあって、午前中の「平泉寺史跡見学会」には60人近くが参加され、2班に分かれての遺跡見学となりました。

私も、過日の「朝倉氏遺跡見学」の余韻もあって、どうしても「時同じくして消滅した宗教都市跡」を見たくなり、「平泉寺史跡見学会」に参加してきました。

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見学会では、学芸員らの説明を受けます。また、見学者の素朴な質問などにも応じてくださる有意義な見学会でした。

    717年、泰澄和尚が白山信仰を開いて以来、平泉寺は「山岳信仰」から「神仏混淆」になります。

    平安時代、平泉寺は延暦寺末寺となり、1574年、一向一揆勢によって焼亡されるまで栄えていました。

    最盛期には六千坊が境内に立ち並び、僧兵は八千を超えた一大宗教都市でした。

    以後、境内の中心部は再興されますが、六千坊跡などの多くは、山林や田畑、人家の下に埋もれたままだったのです。

    中世の平泉寺の様子を描いた絵図が見つかったことがきっかけとなって、平成元年より発掘調査が始まります。

    この調査によって、坊院跡や石垣、石畳道、土器、陶磁器などが次々に出土します。

    世界的にも十数点しか残っていない、中国、元の時代(1300年代前半)に作られたとみられる「青白磁の観音像の一部」も発見されました。

平泉寺は、まだまだ発掘途中ですが、その全貌が明らかになる過程の見学は、ワクワクするほどの楽しみがあります。

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現在の発掘作業箇所です。手作業で、地道にコツコツと進められています。

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埋もれていた石を積み直し、整備された石畳と石垣です。こちらも朝倉氏遺跡と同じく「復原」だそうです。

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姿を現してきた石垣とその周辺です。井戸は見つかっていますが、便所については、まだ見つかっていないそうです。

これから、土塀の復原、平泉寺ガイダンスの建設など、着々と進められています。

朝倉氏遺跡とはまた違った視点から見る「中世都市の復活」を期待しつつ帰宅しました。

勝山のお寺は、この平泉寺六千坊の流れを継いでいる寺院も多いので、今度はそのあたりのところを尋ねてみたいところです。

とても興味があります。また、このような機会があったら勉強してきますネ。

今回は、これぐらいしておきますね。

2010年11月11日 (木)

T寺報恩講

本日はK組のT寺様の報恩講に出勤しました。 お天気は昨日に比べると、うってかわって快晴になりました。

T寺様の在所は山中温泉であり、山中漆器のろくろを回している工房があります。

去年出勤した時は、工房を見学して木地をろくろで回しているところを見せていただきました。

私は今までろくろで回すのは、陶器作りの時だけのイメージがあったので大変驚きました。

さて、今日は御満座であります。 報恩講作法がお勤まりになりました。

本日満座で拝読された巻物は嘆徳文です。本山でも一月十六日の御満座で拝読されます。

この嘆徳文は、本願寺第四代善如上人の求めに応じて存覚上人が制作されたものです。

内容は親鸞聖人のお徳を讃嘆されたもので、他力の教えについてや、親鸞聖人ご流罪についてなど、生涯についても触れられた書物であります。

伝統的な読み方で拝読され、ありがたい御文でありました。

ご満座が勤まったあとは、家庭の報恩講に何軒かお参りして帰宅しました。

しかし、この寒い気候のせいか、風邪を引いてしまいました。

この時期は体調管理をしっかりしなければと反省であります(^^;)

2010年11月 9日 (火)

愛の家報恩講

本日の午前10時半より、「愛の家グループホーム勝山荒土」の報恩講に寄せていただきました。

6月の2度目の訪問の際は、私服で「手遊び」や「歌」を中心にひとときを過ごさせていただきました。

今回は、施設より「せっかくのご縁、皆で報恩講を勤めたい」との嬉しい依頼があり、寄せていただいたのです。

入居者の皆さん、きっと在宅の時は、それぞれのお寺にお参りされておられたのでしょうね。

部屋に入ると、壁に「六字名号」を掛け、報恩講の準備も万端で、今か今かとお待ちくださっていたようです。

皆さんの力強く、のびのびと艶のあるお声で唱和される「お正信偈」は、普段のお姿から想像できないくらいの躍動感がありました。

    この「お正信偈」は、「念仏」と「和讃」が唱和され、和讃は初重、二重、三重と音階が上がっていきます。

    そして、この「お正信偈」は、全体で約25分程度のお勤めなのですが、「初重から三重まで音階が上がることによって、自然と腹筋をを使った発声ができるようになる」という「効能?」もあるようです。

入居者の皆さんの「お正信偈」は、「毎日そのような声量でお勤めしていると、こんな私でもすぐオペラ歌手にでもなれそう」と思えるほどなのです。

残念なことに、とても皆さんのような声量で、毎日のお勤めは出来ませんので、おとなしくしていますネ。

お勤めの後の40分ほどのお話しも、皆さん静かに集中してお聴聞くださる姿に、こちらが緊張してしまうほどです。

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  Q:なぜ合掌するのですか?

  A:シワとシワを合わせて「幸せになりますように」などと、
    自分勝手なお願いをする前から、仏さまに願われている身で
    あったと知るためです。

    拳を振り上げ、何かにつけて相手を傷付けることしか
    できない私が、多くの人や物に支えられ、そして、許され、
    生かされていることを知り、頭を下げてお礼を申すためです。

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  Q:なぜお念珠(数珠)をかけるのですか?

  A:その手が離れないように包んでくださる姿、すなわち、仏さまが
    いつも私をつかみ取って離さないことを伝えるためです。

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  Q:なぜお念仏を称えるのですか?

  A:いつでも私と一緒だよと、阿弥陀さまが
    私を呼んでくださるお声です。

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この度の報恩講のご縁では、そのようなお取り次ぎをさせていただきました。

昼食は、施設の調理師の方が「報恩講料理」を作ってくださり、私も入居者の皆さんと一緒に報恩講料理のお相伴に預かりました。

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こちらの「報恩講料理」も、寺院やご門徒さん宅で用意されるお斎(おとき=食事)と一緒で、とてもおいしく出来ていました。

親鸞さまの好物と言われる小豆料理も、上品な甘さであっさりしています。また、お煮しめの大根や油揚げ、いんげんの白和えなど、どれも上手に出来ています。

まだ30代ぐらいの調理師さんなのに‥‥‥ウ~ン、負けたかも。

18人の入居者の方も、私とほとんど同じ量を、それはそれは美味しそうに、そして、和やかに召し上がっておられました。

もちろん、お当番さんの発声に続いて、皆さん大きな声で「食前の言葉」、「食後の言葉」をしっかりと唱和されましたよ。

感謝の言葉と共に、お料理をいただくことは、気持ちがいいですね。

すっかりご馳走になり、「愛の家」の皆さん、本当に有り難うございました。

2010年11月 8日 (月)

戦国城下町跡

昨日の11月7日、素晴らしい秋空にも恵まれ、無事に四つ葉のクローバー会の「一乗谷朝倉氏遺跡散策」が終わりました。

今回の散策は、7台の車に乗り合わせ、参加総勢23人の大所帯?です。

現地では、朝倉氏遺跡保存会の岸田会長より、お昼すぎまで熱の入った説明を受けることができました。

今回、会長直々の説明(ガイド)を受けられたのも、間に立ってお世話くださったS寺ご住職のS師のお陰さまであります。

私たちは、今回、聞いて初めて知ることばかりで
   こんな意味があったのかー
   あ~なるほどー、それでかー
と感心することばかりでした。

参加者は、「すごい」の連続で、「聞き上手が話し上手」とか「傾聴力」などと言われるように、ギャップを埋めようとする聞き手の姿勢、それに難無く答えてくださる話し手の豊富な知識から、大幅に予定時間を延長しての散策となりました。

ここ「朝倉氏遺跡」は、ソフトバンクのコマーシャルに使われて以来、急激に知名度が上がったそうです。

この「朝倉氏遺跡」がある一乗谷は、福井市街の東南約10kmに位置し、今から五百年ほど前に百年近く隆盛を極めていた戦国大名の朝倉氏の遺跡があります。

織田信長の焼き打ちを受け、あっという間に滅びてしまい、その後、城下町の跡がそっくり田畑に埋もれていました。

そして、昭和42年から進められている遺跡の発掘調査によって、1573年に滅びた城下町跡が浮かび上がってきたのです。

田畑として使われたときの土の下では、遺跡が有ったのです。そんなこととはつゆ知らず、遺跡の上で耕作してきた後世の人の驚きは、いかばかりだったでしょう。

きっと、遠い昔に賑わった城下町、この地の果たしてきた役割がより深く感じられることでしょうね。

岸田会長の説明の中で「復原」と「復元」、この「ふくげん」という発音が同じでも、意味の違いで漢字を書き分ける解説もありました。

例えば「復原(ふくげん)町並み」の「復原」は、発掘された石や土台をそのまま使い、忠実に再現した場合のみ「復原」という表現を使うそうです。

そして、少しでも違った再現をした場合は「復元」となるそうです。(ちなみに、調べてみますと、仏像修理の場合は「復元」であって「復原」ではないそうです)

つまり、この「復元」とは「失われて消えてしまったものを旧に復すること」を表し、また「復原」とは「初めの姿が改造されたり、変化してしまった現状を元の姿に戻すこと」を表すそうです。

朝倉氏遺跡関係の写真として必ず登場し、そのシンボル的存在の「唐門」は、織田信長によって焼き討ちに遭った後、朝倉義景の菩提を弔うために作られたもので、江戸中期に再建されたものとのことです。

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朝倉氏遺跡では「日本最古の花壇跡」があったり、国の特別名勝に指定されている「湯殿跡庭園」などもあります。

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高台から朝倉館跡を見下ろすと、時代を感じさせる苔の白さと、荒々しい石組に圧倒されます。

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ここからの見晴らしの良さは、最高でした。

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庭をバックに記念写真を撮りました。

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復原町では、当時の衣装で歓迎してくれます。そして、いよいよ昼食タイムです。

東郷地区の「ちぎの会」の皆さんが、地元の食材で作られた「おつくね弁当」を私たちのために特別に用意してくださいました。

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東郷地区の名物料理の入ったこの「おつくね弁当」の蓋には、S寺ご住職さまによる料理解説が描かれています。

へしこ寿司は、臭みもなく苦手な人でも大丈夫。独特の旨みが口に広がります。

その他に菜めし、とうがんの煮しめ、おつくね昆布巻、焼き揚げの根木味噌挟み、ほうれん草のしらあえ、スコなどなど。

ウ~ン、どれもこれもおいしいものばかりです。

どうです? 食べてみたくなるでしょ。でも、売り物ではありませんよ。もっか商品化に向けて研究中だそうです。

このお弁当は、ソフトバンクのコマーシャル撮影のスタッフの賄い弁当を頼まれ、地区の皆さんで用意したこの「おつくね弁当」の料理が大好評だったそうです。

それ以来、商品化に向けていろいろ研究、試作、試食を重ねておられるとのことです。私などは、「もう商品化してもいいのでは?」と思えるほどの完成度です。

こちらの「ちぎの会」の皆さんには、「おつくね弁当」の上に、おいしいキャラメル入りのアイスまで用意していただきました。本当にごちそうさまでした。

私どものようなわがままな依頼にも、気持ちよくふたつ返事で引き受けてくださった「東郷ふるさとおこし協議会」の皆さま、どうぞ機会があれば「勝山のまちおこし」も、よろしくご指導くださいませね。

こちらの「東郷ふるさとおこし協議会」は、国土交通省の「平成22年度、全国地域づくり推進協議会会長賞」を受賞されています。

本当に今回の散策は、「その受賞も当然のこと」と体感できる研修でした。

この度のご縁を結んでくださったS寺ご住職さま、また、岸田会長を始め、ちぎの会の皆さま、東郷地区の関係者の皆さま、本当にありがとうございました。

2010年11月 7日 (日)

R仙寺さまお待ち受け法要

今日、龍川組のR仙寺さまの750回大遠忌お待ち受けの法要が勤まりました。

報恩講のお付き合いの関係で、住職の代務で逮夜を出勤させていただきました。

午前中は、住職継職並びに、本堂修復慶讃法要が勤まり、住職が出勤しました。

私は逮夜からの出勤で庭儀にてお始まりでした。近くの寺院より出発して、市内を法中、ご門徒、稚児と行列を組んで歩いて行きました。

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天気にも恵まれて、少し汗をかくぐらいの陽気でした。大勢の人々が見物していました。

かわいい稚児も元気に親と一緒に歩いていました。happy02

そして庭儀はお寺に到着して、本堂内でいよいよ法要であります。

お逮夜は宗祖讃迎作法です。親鸞聖人の遺徳を讃えた和讃を唱えて、内陣を行道をして散華をしました。参詣者一同感動のお念仏でした。

このような大法要に出勤することは、五十年に一度の事なので良い経験をさせていただきました。多くのこと学ばさせていただきました。

ただ、法要が打ち上げ花火で終わってはならないと思いました。この度の法要を機縁として益々お念仏繁盛されることが大切だと思いました。

いよいよ明年は御本山で宗祖七百五十回大遠忌法要が始まります。

親鸞聖人が仰った「唯念仏して弥陀にたすけられまいらすべし」をよき人の仰せを聴聞させていただきます。

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2010年11月 6日 (土)

ねがいごとパズル

全国組織の「NPOこども劇場」は、子供たちに「芸術文化」や「社会参加」などの体験活動を支援し、豊かな感性を磨き、生きる力を育成しようとする団体です。

平成2年には、その「NPOこども劇場」の趣旨に賛同できる親たちが集まり、「勝山こども劇場」も結成されました。

この「勝山こども劇場」では、特に人形劇、演劇、コンサートなどの「舞台芸術を間近で、しかも生(ライブ)で見せてやりたい」と、個人会員制をとって続けられています。

私たち家族も、子供たちが小さい時は、この「勝山こども劇場」にずいぶんとお世話になり、もちろん親子共々が楽しませていただきました。

最近は、少子化のためか「勝山こども劇場」の会員数も減り、知恵を絞りながらの活動をされているようです。

そして、この「勝山こども劇場」は、今年20周年の記念すべき年を迎え、それを記念してこのたび、会員以外の方へも呼び掛けた「例会公演」が行われました。

なーんとこの企画も、過日の「交流サロン」と同様に「四葉のクローバー会」の会員方が事務局をされているので、その応援も兼ね公演を観劇してきました。

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会場のJAテラル越前中支店の多目的ホールは、親子連れの方がほとんどで、「勝山こども劇場」の開設当初から携わっておられる方もおられ、150人以上の参加者で賑わっていました。

そんな記念すべき今回の出演は、演劇人冒険舎の「ねがいごとパズル」でした。

この「ねがいごとパズル」は、「劇団、あおきりみかん」の鹿目由紀さん作、演出による冒険物語です。

この1時間半の劇は、5人の出演者で演じられ、場面展開が早く、影絵あり、絵本の世界への瞬間移動ありと、飽きることなく大人も子供も楽しめる劇でした。

ストーリーは、劇の主人公であるユウスケが、絵本の「三つのねがい」の中に入り込み、絵本の主人公である由作と一緒に旅をします。

ユウスケと由作は、旅で願いを叶えてくれる仙人を探し当て、仙人に「願いは三つしか叶えることができない」と告げられます。

由作は、いつも母親から「人の頼みは聞くものだ」と言われていたので、仙人にまず他人の願いを三つ叶えてもらおうとします。

そして、「お母さんの目を治したい」という自分の願いを後回しにするのです。

由作のそんな態度にイライラしたユウスケは、先に願い事を言ってしまい、大波乱が‥‥‥。

結局、母親の目も治り、めでたし、めでたしなのですが、「心からの願いを見つけること」、「それを叶えるために努力すること」、それらの大切さがヒシヒシと伝わってくる内容でした。

観劇していた子供たちも、食い入るように舞台を見ていたようで、それは自分自身が絵本の中に入り、まるでユウスケと一緒に難問を説いているかのように考えたり、口々に意見を言い合ったりするのです。

今回のように大きな会場ではなく、すぐ手の届くところでの演劇は、物語をより身近に感じることができていたように感じます。

20年もの長きに渡って、途中に何度か解散の危機を乗り越え、「地域で生の舞台芸術と触れ合える機会を作るため」との思いを消すことなく続けてこられたことに頭が下がります。

これからも、末永く続けられることを願って止みません。

フレー! フレー! 勝山子ども劇場!(字余り)

興味のある方は、勝山子ども劇場事務局(電話:0779-87-1011)まで

2010年11月 4日 (木)

聞く(菊)の花

昨日、11月3日は「文化の日」でした。

勝山市では、毎年この「文化の日」に「勝山市教育委員会表彰」が行われ、その演壇に見事な「菊の花」が飾られています。

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毎年、演壇を飾り、受賞された方々を華やかに彩ってくれるこの「菊の花」は、TS先生が丹誠込めて育て上げられたものなのです。

今年は、夏の猛暑や9月に入ってからの長雨、それに続いた急激な冷え込みなど、菊を栽培される皆さんにとって最悪の年だったようです。

TS先生は、そんな「栽培が困難」といわれる中、「文化の日が一番の見頃」となるように調整され、例年と同様の見事な菊の鉢を十数鉢もお届けされました。

そして、私たちにも、その見事な菊の鉢を一鉢ずつ毎年お届けくださるのです。

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本当に手間暇をかけて育て上げた、正に「TS先生の子供」とも言える作品を有り難うございました。

そして、この「見事に咲いた花」を枯らさないように見守るのは、私の大事な大事な仕事です。(ウ~ン、これが結構難しいのです)

さて、菊作りで一番大切なことは、「良い土(土台)を作ること」、そして、育て上げた「菊の自慢」は、詰まるところ「土(土台)の自慢」になるそうです。

この「菊作り」と同様に、「何事も土台作り、基礎が肝要」といわれることは、すべての事柄に通じる秘訣ですね。

仏法を聞く(菊)身になるのも、多くのお育て(土台)の結果と言えますね。

そして、聞き続けることが大事ですものね。菊に負けないよう精進します。

2010年11月 3日 (水)

交流サロン上映会

勝山市片瀬町の「地場産センター(奥越地域地場産業振興センター)」にある喫茶コーナーが、9月より「農、工、商連携推進事業」の取り組みで「地場サロン」また「交流サロン」として開放されることになりました。

その「交流サロン」に、「四葉のクローバー会」の会員のSさんが携わることになりました。

そして、Sさんは、その「交流サロンの仕事初め」として「中央アジアの遊牧民のことを少しでも知っていただきたい」と「映画:ヒマラヤ(日本名=キャラバン)の上映」を企画され、その上映会に行ってきました。

この映画は、ヒマラヤの奥深く、ネパール高地に住む部族の厳しい大自然に挑み、生死をかけたキャラバン生活が描かれた稀有なるドラマです。

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映画には、厳しい山岳の自然を背景に、新旧リーダーの葛藤が描かれています。

彼らの村は、樹木も生育できないヒマラヤの奥深い山中にあり、厳しい冬を生き延びるためには、ヤクの背に塩を載せて運び、食糧である麦と交換するキャラバンを行わなければなりません。

    数千メートルの嶺を越え、数百年の間に切り開かれたわずかな道をたどって、北から南へ、生死を賭けた旅を繰り返す彼ら。

    山に生きる民として、大自然に抱かれた者として、次世代の指導者を巡り、二つの世代が対立する。

    あくまでも神託の吉日に従って出発しようとする長老と、そのやり方に反発するかのように大多数の村人たちを率いて旅立つ若者。

    そして、厳しいキャラバンの旅の中で、二人の男の葛藤を目の当たりにした少年は、遠い将来に伝説的な長老となる成長の第一歩を踏み出す。

長老の「経験に裏打ちされた考え」と、若者の「合理的な考え」がことごとくぶつかりますが、過酷な旅を経験することでお互いを理解し、認め合うといったストーリーでした。

この上映会には、個性豊かな方(?)ばかり10数人が集まり、上映後も初めての出会いとも思えないぐらい打ち解け、話が盛り上がりました。

Sさん、本当に「交流サロン」の名にふさわしい企画となりましたね。企画の成功おめでとうございます。

そうそう、Sさんは数年前にネパールで1か月も修行をされ、その修行の際に会得した「ネパール茶」を参加された皆さんに振る舞ってくださいました。

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この「ネパール茶」には、ミルクと砂糖がたぷっり入ったお茶で、「生姜のスパイスが効いた甘いミルクティ」って感じで、芯から暖まるお茶でした。

Sさん、そして、参加された皆さん、ごちそうさまでした。

2010年11月 2日 (火)

家庭法座 No.246 号

大慈悲の 弥陀の救済に 差別なし

浄土真宗で一番親しまれ、家庭でのお勤めに欠かせない「正信偈」に、阿弥陀さまのお慈悲は、いつでも、どこでも、働くことを「十二の光」で説かれてあります。

太陽や電灯の光は、邪魔物があれば届きません。「み仏の慈悲の光は、どんな所でも届く」というのは、「心の光」だからです。

心は、時間や空間、距離や時代を飛び越えて通じ合えるものです。

男でも、女でも、お全持ちでも、貧しい人でも大切なのは、み仏の心を感じる人は、お慈悲の光に照らされて、やさしく明るく強く生きています。

No246

今月の行事 11月20日(土曜日)午前、午後 常例法座
布教 専福寺さま
皆さまお誘い合わせのうえ、お参りください

2010年11月 1日 (月)

親鸞展開催のご案内

特別展 親鸞聖人750回忌 記念企画

知られざる寺宝、斬新なグラフィック、
八百年前に親鸞が見た風景映像など、
多様な展示物で構成する”親鸞の世界”

親鸞がそこに、いる―。

激動の中世を生きぬいた親鸞は、
何を見て、何を感じて、何を考えたのか―。

浄土真宗の開祖である“聖人”としてではなく、
一人の人間として見るというスタンスを貫き、
貴重な寺宝のみならず、わかりやすい解説文や映像とともに
生涯の足跡をたどることで、親鸞という人のリアリティに迫る
画期的な展覧会です。

会場を歩き終わったとき、厳しい今を生き抜くためのヒントが見えてきます。

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----------- 展示品のご案内 -----------

・親鸞布教の様子を描いた「筑波山餓鬼済度の御影」(茨城県・常福寺)

・親鸞の伴侶「恵信尼公坐像」(新潟県、光源寺)

・平成に生まれた「親鸞聖人坐像」(神奈川県、長念寺)

・親鸞の生涯を描いた絵巻「親鸞聖人伝絵」(茨城県、光明寺)

・親鸞思想の象徴「阿弥陀如来立像」(京都府、東本願寺)

・流罪先で見た、海に沈む太陽「日の丸の御名号」(新潟県、居多神社)

・親鸞の息子「善鸞上人御影」(福井県、證誠寺)

・親鸞が書き綴った仏歌「三帖和讃の複製」(三重県、専修寺)

・妻、恵信尼が娘に送った手紙「恵僧尼文書の複製」(京都府、西本願寺)

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開催期間:平成22年10月30日(土曜日)~11月29日(月曜日)

開館時間:11月5日までは、9:00~19:00
     11月6日よりは、9:00~17:00
       ※ 入館は閉館の30分前までです。
       ※ 開催期間中に休館日はありません。

観 覧 料:一般=800円  高校、大学生=600円

    ※ 中学生以下、身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健
      手帳の交付を受けている方とその付き添いの方は無料です。

    ※ 20名以上の団体は2割引となります。

    ※ 観覧料には、常設展示場観覧料及び養浩館庭園入園料が
      含まれます。

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主催:福井市立郷土歴史博物館

共催:中日新聞社、日刊県民福井

助成:(財)三谷市民文化振興財団

後援:福井県教育委貝会、NHK福井放送局、FBC福井放送、
   福井テレビ、FM福井、福井ケーブルテレビ、
   さかいケーブルテレビ、福井街角放送

企画制作:株式会社講談社

福井市立郷土歴史博物館
   福井県福井市宝永3丁目12-1
   TEL 0776-21-0489

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交通案内 JR福井駅より

  ・徒歩で福井城本丸(福井県庁)を見ながら約15分

  ・京福バスで福井駅前バスのりば幾久・新田塚線などで
   「郷土歴史博物館」下車‥‥徒歩5分

  ・タクシーで約5分

交通案内 福井北ICより

  ・車で約20分

交通案内 バスにて

  ・コミュニティバスすまいる(田原・文京方面)で
   「江戸上町」下車‥‥徒歩5分